東京高裁(平成3年2日)“芳香族カーボネート類の連続的製造法事件先使用権制度・・・・の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあること・・・・に照らして理解する限り、先使用権が認められる要件であるとして同条がいう『事業の準備をしている』を、事業の準備が、必然的に、すなわち必ず当該事業の実施につながるという段階にまで進展している、との意味であると解すべき理由は、全くないものというべきである。ある者が事業を実施しようとして進めた準備が、その者に先使用権を認めることが主として特許権者と先使用権者の公平を図るという制度趣旨に合致する程度に至っていれば、その者が、特許法9条にいう『事業の準備をしている者』と解釈されるべきは、同条の文言とこの制度の設けられた趣旨に照らし、当然というべきである。そして、・・・・原判決の判断が、本件においては、被控訴人の本件プラント建設計画の進捗状況、既に投資した金額の大きさ、第三者との契約状況等に照らし、上記の程度に至っていたことを認定し、それを根拠に被控訴人に先使用権を認めたものであり、・・・・原判決が、特許法9条にいう『事業の準備』とは、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることをいうとした・・・・のが、上記解釈を別の面から表現したものであることは、原判決の説示全体に照らして、明白というべきである」、「計画が進捗した後に、当該事業を実施しないと決断する場合が例外的に存在するとしても、そのことを根拠として、そのような決断がなされる可能性が残されている段階では、まだ『事業の準備』をしたことにはならないとする解釈を、特許法9条の文言と同条に定める先使用権制度の前記趣旨の下で、合理的なものと考えることはできない」、「換言すれば、・・・・やり直すことが不可能な段階まで計画が進捗してしまわなければ『事業の準備』をしていない、などということはできないのである」、「控訴人は、被控訴人は、平成元年2月時点では、まだDMC法DPC技術の採用を決定していなかったと主張する。控訴人の主張する『DMC法DPC技術の採用を決定』するとの用語が、取締役会の決議がなされることを指すのであれば、確かに、被控訴人の取締役会が『DMC法DPC技術の採用を決定』したことを認めるに足りる証拠はない。しかし、株式会社が、個々の取締役や従業員に権限を与え、その取締役や従業員において、授権された範囲内において株式会社としての意思を決定し、対外的な意思表示を行うことができることは自明の理である。また、本件においては、・・・・被控訴人の行為は、すべて被控訴人の権限のある者によって被控訴人の意思として決定され、なされたものであることも明らかである。そして、このように、被控訴人が、・・・・本件プラントの建設計画を進め、対外的な意思表示も行っている以上、それを、『実質的には、被控訴人はDMC法DPC技術の導入を決定していた』と表現するか否かにかかわらず、被控訴人が、上記の段階まで本件プラントの建設計画を進め、対外的な意思表示も行っていた行為は、特許法9条の『事業の準備』に該当するというべきであることは、前示のとおりである。なお、被控訴人が上記の段階まで、本件プラントの建設計画を進め、対外的な意思表示も行っている以上、取締役会の決議の有無にかかわらず、これを『実質的には、DMC法DPC技術の導入を決定していた』という言葉をもって表現することも、誤りではないということができる」、「その他、被控訴人に先使用権を認めることの妨げとなる事実は、本件全証拠を検討しても、認めることができない」と述べている。

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