東京高裁(平成4年1日)“外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法事件特許法は、1条において『この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする』と規定し、9条1項柱書において『産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる』と規定している。ここにいう『産業』とは、一般的な用語方法に従えば『生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。』(広辞苑第4版)といった意味を有するものである。しかし、上記のとおり、特許法において、その目的が、発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば、一般的にいえば『産業』の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない、というべきであり、この点については、被告も認めているところである」、「我が国の特許制度は、長く、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、明文をもって不特許事由とすることにより、医療行為という、人の生存あるいは尊厳に深くかかわる技術、及び、これと密接に関連する技術を特許法の保護の対象から外す思想を表現したものとみることの可能な状態を続けてきていたものの、昭和0年・・・・改正により、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法2条参照。このような状況の下で、医薬や医療機器に係る技術については、これらが『産業上利用することのできる発明』に該当するものであることは、当然のこととされてきている。従来、医療行為の特許性を否定する根拠の主たるものとして挙げられてきた、医療行為は、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから、特許法による保護の対象にすることなく、人類のために広く開放すべきであるとの議論は、必ずしも、十分な説得力を有するものではない。医療行為が人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであることは明らかであるものの、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは、医療行為に限られるわけではなく、特許性の認められてきているものの中にも多数存在する、人の生存あるいは尊厳に深くかかわり、人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ、逆に、特許の対象とすることによりその発達を促進すべきであり、それこそが最終的にはより大きく人類の福祉に貢献すると考えた方が、特許という制度を設けた趣旨によく合致するのではないか、少なくとも、医薬や医療機器に特許性を認めておきながら、医療行為のみにこれを否定するのは一貫しない、と考えることには、十分合理性があるというべきである。現在における医療行為、特に先端医療は、医薬や医療機器に大きく頼っており、医療行為の選択は、たといそれ自体を不特許事由としたところで、医薬や医療機器に対する特許を通じて、事実上、特許によって支配されている、という側面があることは、否定し難いところである。このような状況の下で、医療行為のみを不特許事由としておくことにどれだけの意味があるのか、医療行為自体には特許を認めないでおいて医薬や医療機器にのみ特許を認めることになれば、医薬や医療機器への依存の度合いの強い医療行為を促進するだけではないのか、との疑問には、正当な要素があるというべきである。これらのことを併せ考えると、医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上、医薬や医療機器に係る技術のみならず、医療行為自体に係る技術についても『産業上利用することのできる発明』に該当するものとして特許性を認めるべきであり、法解釈上、これを除外すべき理由を見いだすことはできない、とする立場には、傾聴に値するものがあるということができる」、「しかしながら、医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には、特許性の有無を検討する上で、見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。医薬や医療機器の場合、たといそれが特許の対象となったとしても、それだけでは、現に医療行為に当たろうとする医師にとって、そのとき現在自らの有するあらゆる能力・手段(医薬、医療機器はその中心である)を駆使して医療行為に当たることを妨げるものはなく、医師は、何らの制約なく、自らの力を発揮することが可能である。医師が本来なら使用したいと考える医薬や医療機器が、特許の対象となっているため使用できない、という事態が生じることはあり得るとしても、それは、医師にとって、それらを入手することができないという形でしか現れないことであるから、医師が、現に医療行為に当たろうとする時点において、そのとき現在自らの有する能力・手段を最大限に発揮することを妨げることにはならない。医師は、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、などということは、全く心配することなく、医療行為に当たることができるのである。医療行為の場合、上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では、現に医療行為に当たる医師にとって、少なくとも観念的には、自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも、一般に、ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは、必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず、結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても、差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは、当裁判所に顕著である。医師は、常に、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか、どのような責任を追及されることになるのか、などといったことを恐れながら、医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では、それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り、医師は、このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は、医療行為というものの事柄の性質上、著しく不当であるというべきであり、我が国の特許制度は、このような結果を是認するものではないと考えるのが、合理的な解釈であるというべきである。そして、もしそうだとすると、特許法が、このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別、そうでない限り、特許法は、医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが、特許法は、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも、医薬の調合に関する発明に係る特許については『医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬』にはその効力が及ばないこととする規定(特許法9条3項)を設ける、という措置を講じたものの、医療行為そのものに係る特許については、このような措置を何ら講じていないのである」、「特許法は、前述のとおり、1条において『この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする』と規定し、9条1項柱書において『産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる』と規定しているものの、そこでいう『産業』に何が含まれるかについては、何らの定義も与えていない。また、医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上、たとい、上記のとおり、一般的にいえば『産業』の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない、というべきであるとしても、特許法は、上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は『産業上利用することができる発明』とはしないものとしている、と解する以外にないというべきである」、「医療行為そのものについても特許性が認められるべきである、とする原告の主張は、立法論としては、傾聴すべきものを有しているものの、上記のとおり、特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては、採用することができない」と述べている。

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