大阪地裁(平成17年2月10日)“病理組織検査標本作成用トレイ事件”は、「実用新案法29条1項ただし書は、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を実用新案権者が販売することができないとする事情があるときは、その事情に相当する数量に応じた額を損害の算定から控除する旨を規定している。ここでいう、『実用新案権者が販売することができないとする事情』とは、侵害者の営業努力、侵害品の侵害実用新案以外の技術的要素やブランド等の付加価値などによる需要の掘り起こしや、権利者製品に侵害品以外に代替品が存在することなどの要因によって、侵害品がなかったとしても、権利者が侵害品の譲渡数量をそのまま販売できない事情をいうと解される」、「これを本件について検討するに、以下のとおりの事情があることが認められる。@ 被告は、被告物件を合計8944個譲渡したが、このうち、8704個は無償で譲渡したものであり、有償で譲渡したのは240個にとどまる。・・・・A 原告と被告の他にも、病理組織検査標本作成用トレイを製造販売する業者が存在し、その中には、収容部の形状を左右非対称にして形成されるブロックの形状を左右非対称になるようにした金属製のトレイを製造販売している業者も存在する。また、病理組織検査標本作成用トレイとしては、金属製のものだけではなく、樹脂製のものも販売されており、原告自身も樹脂製のトレイを製造販売している」、「そこで、上記@Aの各事情が、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を実用新案権者が販売することができないとする事情に該当するかにつき検討する」、「一般に、製品を販売することができるためには、これに対応する需要が存在することが必要である。これに対し、製品を無償で譲渡するためには、必ずしも製品の有償での販売に対応する需要は必要ではない。かえって、製品を無償で譲渡するときには、これを有償で販売するときよりも、相当数多い譲受けの需要が生じるのが通常であるというべきである。もっとも、消耗品の必需品のように、無償で製品を譲渡する者がなかったとしても、これとほぼ同数が有償で購買されるであろうと考えられる製品もないわけではない。しかし、被告物件及び原告製品は、いずれも金属製であり、また繰り返し使用されるいわば耐久財であるから、このような製品に該当するものでもない。また、耐久財であっても、きわめて多大の購買需要が存在するものであれば、無償で製品が譲渡されなくとも、これとほぼ同数が有償で購買されるであろうと考えられる場合はある。しかし、被告物件や原告製品のような金属製病理組織検査標本作成用トレイの購買需要がどの程度あるかは明らかではないから(被告物件の販売事例は上記のとおり240個にとどまり、原告製品の販売事例も40個は認められるが、原告はこれ以上の販売事例を明らかにしようとしない。)、このような場合に該当するともいえない。そうすると、上記@の事情は、無償で譲渡された被告物件の個数には、有償での販売であれば購買されなかったであろう数も含まれることを推認させるものというべきである」、「Aの事情に照らせば、原告製品には、被告物件以外に代替品が存在することが認められる」、「以上のとおり、上記@Aの各事情に照らせば、仮に被告物件の譲渡行為が存在しなかったとしても、原告において、被告物件の譲渡数の原告製品をそのまま販売することはできなかったというべきである。そして、上記@Aの各事情に加えて、原告による原告製品の販売単価が・・・・504円と認められること等の事情を考慮すれば、被告物件の譲渡行為が存在しなかったとしても、少なくとも、被告が無償で被告物件を譲渡した数である8704個の半数である、4352個については、原告が原告製品をそのまま販売することはできなかったものと推認される。したがって、実用新案法29条1項による原告が被った損害額の算定にあたっては、上記の4352個に応じた額を控除すべきである」と述べている。 |