東京地裁(平成18年5月29日)“印字装置事件”は、「原告は、そのプリンタ分野における専門知識や技能等を評価されて被告に入社した者であり、本件各発明が行われたのは、原告がリコーに派遣されていた時期であるところ、原告の派遣は、被告とリコーとの間に締結された本件技術協力契約及び本件覚書に基づき、リコーへの技術協力を行うために行われたものであり、その際、技術協力の目標となる、プリンタの製品仕様も定められたのであるから、原告は、本件各発明を行うことが期待される地位にあり、そのための職場での支援環境が整えられていたということができる。このことは、原告のリコーへの派遣が、原告のプロジェクト参加を希望したリコーのQからの提案によるものであるとしても、被告において、上記のとおり、制度的な枠組を整えたものであり、これに対する上記の評価が変わるものではない。また、原告は、昭和24年から昭和52年まで、公社に勤務し、プリンタの研究に携わっていたのであり、公社は、我が国における技術の先導役として多くの研究開発に取り組んできた機関であって、原告のプリンタ分野における専門知識や技能は、そのような公社において養成されてきたということができるところ、被告は、公社との間に技術指導基本契約を締結しており、個別契約を締結して技術指導料を支払うことにより公社から技術指導を受けることのできる地位にあったのであるし、公社と被告との密接な関係からすれば、原告も公社研究所の出身者として、公社研究所在籍の研究者等との交流や意見交換の機会を設けることが通常以上に可能であると考えられるのであって、こういった恵まれた研究環境の享受は、被告の従業員であったことによるところが大きいということができる。さらに、被告は、原告に対し、給与、賞与等として、原告と同時期に被告に入社した同年代の従業員より1400万円以上多額の金員を支給していたものであり、待遇の面でも、原告が研究開発に専念できる環境を整備していたといえる。これらのことからすれば、被告は、本件各発明について、相当程度の寄与があったといえる。しかし、他方、本件プロジェクトの企画は、専らリコーによって行われ、被告は関与しておらず、また、本件プロジェクトには、被告の施設は用いられることなく、原告以外の被告の従業員も直接関与せず、被告は原告に対する給与等の支給以外何らの支出もしていないのであり、かえって、被告は、本件技術協力契約により、リコーから月額85万円を得ることとされており、技術協力の目標性能を具備したプリンタの開発実用化が成功し、その製品化が可能であるとリコーが判断した場合には、リコーから1000万円の成功報酬を得ることとされていたものである。さらに、本件各発明の特許出願に関する事務手続は、主としてリコーが行い、被告は、原告を通じて報告を受けるのみであり、本件各特許権に関するブラザー工業等との交渉や実施許諾契約の締結も、主としてリコーが行い、被告は、リコーから報告を受けるのみであった。したがって、被告は、本件各発明に係る研究開発に関し、新たな設備投資や人員配置を行うことなく推移しており、当該開発研究の成否についてのいわゆるリスクを負担したものとは認められず、また、本件各特許権の権利化等に関しても、積極的な寄与を認めることはできない(なお、この点に関するリコーの果たした役割を被告による寄与と同視できるような事情は認められない。)。以上の諸事情を総合的に考慮すると、被告が本件各発明がされるについて貢献し、又は・・・・利益を受けるについて貢献した程度としては、全体の70パーセントと認めるのが相当である」と述べている。 |