東京地裁(平成18年6月8日)“半導体不揮発性記憶装置の書き込み及び消去方法事件”は、「半導体製品に関しては、複数の有力メーカーが、材料、製造方法(プロセス)、構造、回路、アセンブリ等、多岐にわたる特許を多数保有しているため、各メーカーは、他社の保有する特許権を実施することなく製品を製造・販売することは困難であり、そのため、自らの事業を安定的に営むことを目的として、ある一定期間中に保有・取得する半導体関連特許全体(その数が数千件ないし1万件を超える場合もある。)を相互に許諾し合う包括クロスライセンス契約を締結することが多い・・・・。現に、被告が有していた半導体部門の特許権及び登録実用新案は、本件第1特許が登録された平成6年においては日本特許等1554件、外国特許3657件、合計5211件、本件第2特許が登録された平成8年においては日本特許等3284件、外国特許5461件、合計8745件、平成11年においては日本特許等3311件、外国特許7965件、合計1万1276件であった・・・・。このような包括クロスライセンス契約を締結する場合、その交渉において、多数の特許のすべてについて、逐一、その技術的価値、実施の有無などを相互に評価し合うことは不可能であるから、相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し、それら特許に相手方の製品が抵触するかどうか、当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるものである。したがって、包括クロスライセンス契約は、同業他社の特許権を侵害する危険性を回避し、安定的に製品を製造販売する目的のみならず、相手方が保有する多数の特許に関する調査や評価を経ることなく、継続的なライセンス契約を実現するという目的をも有するものである。そうすると、半導体の業界のように、数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては、相手方に提示され代表特許として認められた特許以外の特許については、数千件ないし1万件を超える特許のうちの1つとして、その他の多数の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものというべきであるから、このような特許については、当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の1つであるというだけでは、相手方が特許発明を実施していたと推定することはできないことは明らかである。これらの特許発明は、包括クロスライセンス契約の締結に貢献のあった代表特許でもなく、また、相手方が実施していることが立証された特許(このような特許は、その後のライセンス契約の更新時において代表特許として協議される可能性がある。)でもないのであるから、包括クロスライセンス契約において、何らかの貢献があったものということはできない。すなわち、これらの特許については、包括クロスライセンス契約の対象特許である以上、同契約締結における何らかの貢献度を認める余地があるとしても、それは、代表特許による貢献度あるいは相手方実施特許による貢献度を除いた残余の貢献度にすぎないものであり、そして、この残余の貢献度については、代表特許及び相手方実施特許の貢献度が契約対象特許の貢献度のほとんどを占めるものと評価すべきことが多いこと、並びに、代表特許及び相手方実施特許を除いたライセンス対象特許の数が上記のとおり極めて多いことからすれば、個々の代表特許でも相手方実施特許でもないライセンス対象特許の貢献度は、半導体関連特許の包括クロスライセンス契約においては、無視し得る程度に小さいものであるということができる。したがって、半導体業界における包括クロスライセンス契約においては、代表特許及び相手方実施特許を除いたライセンス対象特許については、実質的には、包括クロスライセンス契約締結に寄与したものということはできず、特許法35条4項(サイト注:現7項)の『その発明により使用者等が受けるべき利益の額』が存するものとは認めることは事実上困難である」、「被告は、相手方他社との間で本件各包括クロスライセンス契約を締結しており、各契約においては、本件第1、第2特許もその対象となっていたものである。しかし、本件各包括クロスライセンス契約の締結において、本件第1、第2特許がいわゆる代表特許として提示されたり、相手方他社が本件第1、第2特許発明を実施していること、及び、その売上額等を認めるに足りる証拠はない。よって、本件各包括クロスライセンス契約に基づいて、相当の対価を算定することはできない」と述べている。 |