知財高裁(平成19年10月31日)“アクティブマトリクス型表示装置事件”は、「紛争の当事者が当該紛争の解決を裁判所に求め得ることは法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、訴えの提起について不法行為の成否を判断するに当たっては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要である。したがって、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であって、不法行為を構成することはない。しかし、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には、違法な行為として不法行為を構成するというべきである(最高裁昭和・・・・63年1月26日・・・・判決・・・・参照)。この理は仮処分の申立てにおいても異なることはなく、債権者がその主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、あえて販売禁止等の仮処分を申し立てた場合には、同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成すると解すべきである。また、当該仮処分申立てにおいて、債権者の主張した権利又は法律関係が、事実的、法律的根拠を欠くものであることを、通常人であれば容易に知り得たものとまでいえない場合であっても、権利の行使に藉口して、競業者の取引先に対する信用を毀損し、市場において優位に立つこと等を目的として、競業者の取引先を相手方とする仮処分申立てがされたような事情が認められる場合には、同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成するというべきである。当該仮処分の申立てが、違法な行為となるか否かは、当該申立てに至るまでの競業者との交渉の経緯、当該申立ての相手方の態度、仮処分に対する予測される相手方の対応等の事情を総合して判断するのが相当である」、「各事実を総合すると、一審被告が本件仮処分申立て(サイト注:一審原告の取引先である西友に対する仮処分申立て)前に、本件特許明細書の記載を検討すれば、実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり、また、通常必要とされる事実調査を行えば、本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである(サイト注:自己の権利の有効性の検討の必要性については、『一審被告は、本件特許権は特許庁の処分によって権利化されたものであるから、仮に無効理由があったとしても、それを容易に知り得たものではない旨主張する。しかし、特許庁で特許査定がされたことは、本件仮処分申立てに当たって、無効理由がないか否かの検討を不要とするものではないから、一審被告の上記主張は、採用することができない』と述べている)。そして、@一審原告のどの製品が一審被告の有するどの特許権をどのように侵害しているか何ら指摘することなく、ライセンス契約を締結するよう求めていた一審被告の交渉の態度、A西友に対しては、事前に警告等の措置を行った形跡はうかがわれないこと、B完成品を仕入れて一般消費者に販売する業態を採用している量販店に対して、仮処分を申し立てれば、量販店は、直ちに販売を中止するであろうことは十分に予測できたこと、C仮処分の申立てをしたことを記者に公表すれば、マスコミ等が事件報道することが予測できたこと等の諸事情を総合すれば、一審被告がした本件仮処分申立ては、専ら自己の有する複数の特許権を背景に一審原告に圧力をかけ、一審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させるための手段として、行われたものと認められる。すなわち、本件仮処分申立ては、特許権侵害に基づく権利行使という外形を装っているものの、一審原告の取引先に対する信用を毀損し、契約締結上優位に立つこと等を目的とした行為であり、著しく相当性を欠くものと認められる」、「一審被告による本件仮処分申立て及びこれに引き続く本件記者発表は、一審原告に対する不法行為を構成するというべきである」、「一審原告の一審被告に対する本訴請求のうち、不法行為に基づく損害賠償金1995万7600円及び遅延損害金の支払の請求(当審で拡張した部分を含む。)は理由がある」と述べている。 |