知財高裁(平成19年3月29日)“燃料噴射弁事件”は、「本件特許発明の構成要件AないしD及びF(サイト注:Fは発明の名称と同じ)は、本件特許発明の対象が構成要件AないしDの構成を有する燃料噴射弁であることを規定するものである。しかし、・・・・本件特許発明の構成要件AないしD及びFのスリット状噴孔から成る燃料噴射弁は、出願時に既に公知であった燃料噴射弁とその主要構成部分を記載したものである。したがって、本件特許発明が、特許性があると認められ、特許登録に至ったのは、本件特許発明の構成要件AないしD及びFのスリット状噴孔から成る公知の燃料噴射弁において、スリット状噴孔の内端の幅W、該内端の長手方向に沿った長さL1につき、L1≧4.5×Wとした構成(構成要件E)によるものということができる」、「そこで、特許性があると認められる構成を着想し、具体化した者が誰であるかを次に判断する」、「本件特許発明は、スリット状噴孔の内端の幅Wと内端の長手方向に沿った長さL1の比を4.5以上にすることによって、噴霧を非常に扁平な形状にして空気との接触面積を増大させ、周囲の空気を巻き込み易くして、噴霧の微粒化を促進し、燃料噴射量が少ない場合であっても噴霧の粒径を小さくすることができるものであり、また、噴霧の到達距離及び貫徹力を、スリット状噴孔の内端の幅Wと内端の長手方向に沿った長さL1の比を調整することによって可能としたものである。その結果、本件特許発明は、スワールを不要としたり、燃費が向上し希薄燃焼の制御範囲が広くなり、サイクル変動が生じにくいという作用効果を得ることができるものである。このような本件特許発明の課題及び作用効果は、Hが昭和58年ころに行ったH実験において確認した事項、すなわち、ファンスプレーノズルにおいては、@扁平で扇形の噴霧が形成され、A噴霧の広がり角が約180度となり、B内端の幅Wが小さいほど良好な微粒化状態を示し、実用的にはW≦0.2mmが妥当であり、C噴霧の広がり角は、サック直径(D)とスリットのサック内壁からの切込量(A)で規定できる可能性があるということにおいて、既に示唆されていた点である。・・・・上記@〜Cのうち、@は公知の事項であったが、A〜Cの各事項が公知であったとか容易に発明することができたとは認められないから、これらの点において、Hを本件特許発明の共同発明者の1人であると認めることができる。しかし、上記@〜C以上に、構成要件E(スリット状噴孔の内端の幅W、該内端の長手方向に沿った長さL1がL1≧4.5×Wであること)の構成を導く技術的な情報が、H実験の結果から明らかになっていたわけではないから、その貢献は、次に述べる一審原告の貢献に比べて大きいとはいえない。次に、一審原告は、いろいろなスリット状噴射孔を作成して、その噴霧形状を観察し、噴霧粒径を測定して、データを採ったのであり、噴霧角180度にとどまらず、噴霧角180度から70度近くに至るまで実験を行い、スワールを不要としたり、燃費が向上し希薄燃焼の制御範囲が広くなり、サイクル変動が生じにくいという作用効果を得ることができることを実証した。そして、一審原告は、その結果を本件届出書という形でまとめた。『L1≧4.5×W』との関係式自体は、I(サイト注:特許請求の範囲の草案を作成した特許技術担当者)によって想到されたものの、本件届出書記載の一審原告の実験結果・・・・に基づいて定められたものであることは明らかである。そうすると、一審原告は、Hから受けた教示を参考にしているものの、本件特許発明の具体化に大きく貢献したものと認めることができ、その貢献は、最も大きいというべきである。さらに、Iは、デイーゼルエンジンの研究により培った知識により、スリット状噴孔の内端の寸法諸元であるL1とWに着目して数値限定を行うことを思い至り、本件届出書の記載内容を基に、『L1≧4.5×W』との関係式を想到することにより、本件特許発明の技術思想をより具体化したものである。すなわち、Iは、I自身の直噴ディーゼルエンジンの研究開発の経験に照らし、噴霧角及び噴霧粒径に影響する箇所は、スリット状噴孔の内周壁側の内端であることから、その内端の寸法諸元であるL1とWに着目して数値限定を行うことを思い至り、その際、本件届出書の記載内容を基にして、スワール等の空気流動の補助なしで良好な燃焼を確保するためには噴霧角60度以上が必要であることや、スリット状噴孔の内端の寸法諸元についての技術的知見を併せ考えて、上記数式を想到するに至り、これにより本件特許発明に特徴的な技術思想を具体化し、特定したものである。このIの行為は、公知の技術と比べ特許性がある部分を抽出して特許請求の範囲に記載するという、明細書の作成担当者がなす行為以上のものであり、本件届出書を基にして、本件届出書に記載されていない事項すなわちI自身のディーゼルエンジンの研究開発経験に裏付けられた技術的知見を加えて、発明を発展させ、より具体的に明確にしたものであり、Iのこの貢献も共同発明者の1人としてのものというべきである。しかし、Iは、『L1≧4.5×W』との関係式を想到するに至ったのは、本件届出書に記載の一審原告の実験結果・・・・に基づくものであり、その貢献が一審原告に比べて大きいということはできない。以上により、本件特許発明に対する3人の上記貢献の内容を検討すれば、一審原告、H及びIの本件特許発明に対する貢献度は、一審原告が5、Hが3、Iが2であると認めるのが相当である」と述べている。 |