知財高裁(平成20年5月14日)“アルガトロバンの製造方法事件”は、「一審被告は、平成11年9月30日、ティーティーファーマ(現三菱ウェルファーマ)に対し、本件発明、アルガトロバン関連6発明の特許、データ、ノウ・ハウ、商標権等を含む医薬に係る知的財産について独占的実施権を許諾し(本件実施許諾契約)、その対価として実施料を得ている」、「一審被告は、本件実施許諾契約を締結した結果、従前アルガトロバン事業を実施したことで得ていた利益を喪失し、その代わりに本件実施許諾契約に基づく実施料収入を得たことになる。しかるに、例えば自社実施期間である平成10年度の一審被告の売上高(43億0960万円)における超過売上高(40%)に一審被告主張に係る営業利益率(3.75%)を乗じて得られた利益は6464万4000円であるのに対し、一審被告主張に係る実施権付与期間における実施料収入は、平成12年度が4804万9000円、平成13年度は4195万6000円というものであり・・・・、単純に比較しても両者間に上記のような差が生じていることになる上、・・・・上記実施料支払期間は平成21年9月30日・・・・に満了すると認められ、以後は実施料収入自体も喪失することになる。そして、本件において、一審被告における上記のような著しい利益の喪失を正当化するような事情(例えば、上記利益喪失の経済的合理性を基礎付けるような本件実施許諾契約以外の対価ないし補償関係の存在など)は見当たらず、本件実施許諾契約だけでは、その実施料が合理性を有すると認めることはできない」、「他方、一審被告と三菱ウェルファーマの関係についてみると、一審被告は、平成11年9月30日、同年4月に東京田辺製薬の100%子会社として設立されたティーティーファーマに対し医薬事業を譲渡するとともに、本件実施許諾契約を締結して本件発明を含むアルガトロバン関連事業の実施権を許諾したこと、ティーティーファーマは翌10月1日に社名を三菱東京製薬に変更したこと、その後ウェルファイド株式会社は平成13年10月三菱東京製薬を吸収合併し、三菱ウェルファーマに商号変更したことは、いずれも当事者間に争いがない。また、・・・・一審被告は平成11年9月30日に東京田辺製薬と合併し、その結果、ティーティーファーマは一審被告の100%子会社となったこと、その後ティーティーファーマがウェルファイド株式会社と合併し、三菱ウェルファーマへと商号変更した後も、一審被告は三菱ウェルファーマの発行済株式の45.08%を保有する筆頭株主であったこと、平成15年12月には株式の公開買付けにより一審被告が三菱ウェルファーマの発行済み株式の58.94%を保有する親会社となり、さらに、平成17年10月には、株式移転により、一審被告と三菱ウェルファーマを完全子会社とする株式会社三菱ケミカルホールディングスが設立され、一審被告と三菱ウェルファーマは完全な兄弟会社となったことが認められ、・・・・三菱ウェルファーマは一審被告を中心とする企業集団において一審被告の医薬部門として位置付けられていたことが認められる。これによれば、本件実施許諾契約に基づき三菱ウェルファーマが一審被告から承継したアルガトロバン事業等による利益は、単に本件実施許諾契約に基づく実施料として一審被告に直接的に還元されるだけではなく、これに加えて、1つの企業グループにおける親子ないし兄弟会社間における利益配分の過程を通じて、間接的に一審被告に還元されることも予定されているものと解することができ、・・・・本件実施許諾契約における実施料の経済的合理性も、このような間接的な利益の還元を加味して初めて合理的に説明できるものというべきである」、「そうすると、実施権付与期間に係る本件発明の相当対価額を算定するに当たっては、上記のように直接的及び間接的に還元される利益の総体をもって一審被告の利益と解し、これをもって一審被告の得た実施料相当額であると解すべきであり、本件実施許諾契約に基づく実施料のみを基礎として本件発明の相当対価額を算定することは相当でない。そして、本件において上記のような間接的に還元される利益の額を個別具体的に確定することは困難であるから、相当対価額の基礎となる実施料相当額の認定は、三菱ウェルファーマの売上額のうちアルガトロバン事業に係るものを抽出した上で、これに他社にライセンスした場合の実施料率に相当する仮想実施料率を乗じることにより算定するのが相当である」、「これに対し一審被告は、本件実施許諾契約に基づく実施料は経済原則に基づく合理的なものである旨主張するが、上述したところに照らし採用することができない。なお一審被告は、上記のように解した場合、論理的には発明者である従業員から特許を受ける権利を譲り受けた使用者である法人がその権利を第三者である別法人に譲渡した場合にも、その譲渡先の法人の売上を合算して相当対価の算定をすべきことになり、このような帰結は不当であると主張する。しかし、本件実施許諾契約に基づき直接的に支払われる実施料額以上の額を実施料相当額とみることができることは、上記・・・・に述べたとおり、三菱ウェルファーマの利益が一審被告に還元される関係にあることを根拠とするものであって、そのような関係にない純然たる第三者の利益を合算するというものではないから、一審被告の上記主張は採用することができない」、「上記のとおり、本件における相当対価の算定に当たっては、本件実施許諾契約の定める実施料率ではなく、三菱ウェルファーマの売上のうち間接的に一審被告に還元される部分を考慮して仮想実施料率が想定されるべきである。そして、・・・・この場合の仮想実施料率は5%と認めるのが相当である。もっとも、物質特許が満了した後の実施料率は低減されるものと解するのが相当であるから、物質特許1、2の延長期間が満了した平成16年度以降の仮想実施料率は半額の2.5%と認めるのが相当である。なお、本件実施許諾契約・・・・満了・・・・により本件発明に係るアルガトロバン原薬の供給が終了することを窺わせる事情は見当たらず、その意味で上記満了時以降も本件発明による利益は継続的に生じ、これが前記企業グループにおける利益配分の過程を通じて一審被告に還元されるというべきであるから、上記2.5%の仮想実施料率は平成29年度(サイト注:本件発明に係る特許権の存続期間の満了年)まで存続するものと認めるのが相当である」と述べている。 |