知財高裁(平成21年11月26日)“衣類のオーダーメイド用計測サンプル事件”は、「使用者等が、その時々の経済情勢、市場動向、競業者の動向等、経営状況の変化に対応していかなる経営方針をもって臨むかは、基本的に経営者としての使用者等の経営判断に委ねられた事項である。使用者等が従業者から譲り受けた職務発明を実施するか否かも、このような経営判断の一環として決定し得る事項であるから、当該発明を実施するか否か、実施するとしてどの程度の規模で実施するか、将来的にその規模を拡大していくか縮小していくかは、基本的に使用者等がその時々の具体的状況に応じて、その裁量により決定していくべきものである。したがって、使用者等がある職務発明の実施を抑制するような方針をとり、結果として、当該発明の独占的実施による利益が減少したとしても、それが使用者等において、もっぱら発明者である従業者等に対する相当対価の支払を免れることを目的としたものであるなど発明者に対する信義に反するような特段の事情が認められない限り、『相当対価』の額の算定に際しては、上記方針を採用した結果として実際に使用者等が当該発明の独占的実施によって得た利益の額を基礎として算定すべきであって、販売抑制がなかった場合を想定し、その場合における当該発明の独占的実施によって得る利益の額を仮に想定してこれを基礎に相当の対価の額を算定するのは、日々変動する販売環境の中での仮定論であって算定自体は極めて困難であるのみならず、想定自体も相当でない」、「そこで、以上の見地に立って本件についてみると、・・・・一審被告は、平成16年9月ころ販売政策を変更し、HMS商品(サイト注:本件各発明が売上げに寄与した商品)からレディメイド商品へと販売の力点を移し、以後HMS商品の新商品の発売を中止し、最終的に平成20年2月をもってHMS商品の販売を打ち切ったことが認められる。・・・・HMS商品は、顧客吸引力を有しているもので、一審被告においてHMS商品を力を入れて販売していた時期には、売上げを伸ばし利益を確保していたのであり、また、・・・・HMS商品には一審被告が主張する『根本的欠陥』というようなものも存するとは認められないのであるから、販売を抑制する必要はなかったとの一審原告の主張にも肯認すべき点があるということができる。しかし、・・・・一審被告の販売政策の変更は、平成16年7月に発売されたレディメイド商品の新商品(デコルテ)の販売が好調であったことがその一因となっているものである。また、・・・・Eは平成15年8月に代表取締役会長を退任し、Wが同年9月に一審被告に再度入社し商品企画開発部長となっており、このような一審被告の経営陣の交代が上記販売政策の変更に影響を与えているものと推認することができるが、経営陣が変われば経営方針が変わるのは、ある意味では当然のことであって、そのことを不当ということはできない。さらに、・・・・HMS商品には、一審被告が主張する『根本的欠陥』というようなものは存しないとしても、課題というべきものはあり、HMS商品といえども欠点がないというわけではなく、・・・・利益率もレディメイド商品と差がないものである。そうすると、一審被告が、経営者の交代に伴ないHMS商品の販売抑制策をとり、最終的にその販売を中止する措置をとったことについて、もっぱら発明者である従業者等に対する相当の対価の支払を免れることを目的としたものであるなど発明者に対する信義に反するような事情があるとまで認めることはできない」、「したがって、本件各発明の特許を受ける権利の承継に係る相当対価の額の算定に当たっては、一審被告がHMS商品の販売を抑制した後についても、HMS商品の実際の売上高をもとに算定すべきであり、一審被告がHMS商品の販売を終了した平成20年2月以降については、その売上げはないから、これを零として相当の対価の額を算定すべきことになる」と述べている。 |