知財高裁(平成1年26日)“ゴースト像を除去する走査光学系事件「包括クロスライセンス契約は、当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約であるから、当該契約において、一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは、相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができること、すなわち、相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることであると解することができる。したがって、包括クロスライセンス契約においては、相互に無償で実施を許諾する特許発明等とそれが均衡しないときに支払われる実施料の額が総体として相互に均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから、相手方が自己の特許発明を実施することにより、本来、相手方から支払を受けるべきであった実施料の額及び相手方から現実に支払われた実施料の額の合計額を基準として算定することも許されると解される」、「一審被告は、本件各特許発明を、ほとんどすべての競合他社との間で、被告ライセンス契約の対象としている。そして、被告ライセンス契約の多くは、ライセンスバック契約であって、一審被告が実施料を支払うことはなく、名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としているものである。ライセンスバック契約は、有償部分(相手方から一審被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えることができる。有償部分(具体的には実施料率の定め)は、契約の相手方ごとに異なる数字となっている。これは、一審被告と各相手方との特許力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものである)の差異によるものと考えられる。契約の対価性の原則に照らせば、無償部分においては、一審被告が相手方に許諾した特許等と一審被告が相手方から許諾を受けた特許等が均衡しているものと考えることができる。ただし、各相手方とのライセンス契約における、各相手方の個別の特許力を具体的に比較検討することは、その審理に著しい負担を要するものであることから、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定することも許されると解する。上記考え方からすれば、ほとんどすべての競合他社との間でライセンスバック契約が締結され、各契約内容を個別に検討することが困難な本件のもとにおいては、@いくつかの相手方との間における実施料率の平均値と、A前記実施料率の平均値÷(一審被告の対象特許数−前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値、との和によって、無償部分を反映した『修正実施料率(サイト注:ライセンスバックがない場合に想定される実施料率)を算定するのが相当である」、「被告ライセンス契約中の実施料率の平均・・・・は、およそLBP(サイト注:レーザービームプリンタ)について2.1%、MFP等(サイト注:マルチファンクションプリンタ及びデジタル複写機)について2.1%である・・・・。上記の数値は、主要相手方のうち、実施料率の定めのあるライセンスバック契約の相手方で、・・・・一審被告に協力した相手方の平均である。これに対応する相手方から一審被告が実施許諾された基準期間内(サイト注:本件特許権の出願公開から存続期間の満了まで)の登録特許の平均件数は、LBPにつき905件、MFP等につき1685件である。一方、一審被告保有の基準期間内の特許の件数はLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件である。以上から計算すると、一審被告が基準期間内において保有していた、LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス料率は、LBP2.0%、MFP等2.1%であると認められる・・・・。これをもって『修正実施料率』とするのが相当である」、「一審原告は、・・・・LBPについて2.1%、MFP等について2.1%という実施料率の平均値は正確かつ実体に即した数値であるとはいえないと主張し、実施料率を明らかにするため、各相手方との間におけるライセンス契約書の文書提出命令を求める・・・・。しかし、各契約における実施料率は一審被告及び第三者である相手方の重要な営業秘密であることから、代替的な方法が存在するのであれば、当該代替的な立証方法を採用することも許されると解する。これを本件についてみると、一審被告は協力の得られた相手方との間の実施料率の平均値を公証人の面前で計算し・・・・、これを基に修正実施料率を主張立証しているのであって、ライセンス契約の内容について陳述書を提出した会社のシェアは、生産シェアにおいてLBPは4.4%・・・・、MFP等は4.3%・・・・、販売シェアにおいてLBPは2.8%・・・・、MFP等は0.5%・・・・というように、主要相手方を含んでいるといえることから、このような代替方法は営業秘密の保護に配慮しつつ真実発見を目指す方法として是認することができる」、「一審原告は、発明協会発行の『実施料率(第4版・・・・記載の実施料率に基づき、修正実施料率は、0%又は5%とすべきであると主張する。しかし、上記・・・・認定の修正実施料率は、実際の被告ライセンス契約の内容に基づいて算出されたものであって、一審原告が主張する0%又は5%という上記修正実施料率よりも合理性の高いものとして採用することができるから、一審原告の上記主張は採用することができない」、「本件特許発明の実施料率は、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.0%を4005で除して0を乗じた(当サイト注:0/4005は寄与率である)0.018%(2.0%÷4005×0=0.018%、MFP等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.1%を6175で除して0を乗じた(サイト注:0/6175は寄与率である)0.014%(2.1%÷6175×0=0.014%)と認められる」、「一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合(本件特許発明の出願公開時である昭和8年から存続期間満了時である平成3年までの総売上高に占める本件特許発明が実施された製品の売上高の割合)は、LBPにつき6.4%・・・・、MFP等につき2.6%・・・・である」、「全ライセンシーにおける本件特許発明の実施割合については、本件特許発明が出願公開された昭和8年から存続期間が満了した平成3年0月に至るまでに十数年の期間があり、ライセンシー先が十数社にも及ぶことに照らし、その実施状況を逐一検討することは著しい時間的、経済的コストを要すること、対象分野で相当程度のシェアを有する一審被告(・・・・一審被告は、平成3年・・・・の全世界の生産台数のうち、LBPは9.8%を、MFPは9.1%のシェアを占めること、いずれも一審被告がシェア1位であることが認められる)における実施状況は業界内での実施状況を相当程度反映しているものと考えられることに照らし、一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合を基礎として、全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合を推認するのが相当である。そして、本件各特許発明の技術内容や代替技術・競合技術の有無等の既に認定した事実に照らせば、本件各特許発明の実施割合は、他社においても一審被告の本件特許発明の実施割合と大きくかけ離れたものではないと推認するのが相当である」、「一審被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施の全体像を明らかにする証拠は提出されていない。さらに、ライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向があるものといえる。これらのことからすると、被告ライセンス契約の相手方他社は、一審被告よりも本件各特許発明の実施割合が低くなる傾向があるものと推認するのが相当であり、本件訴訟で明らかになったすべての事情を総合すれば、その実施割合は、一審被告の実施割合の0%であると認めるのが相当である」、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額は、一審被告の全ライセンシーによる譲渡価格合計額(=一審被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)×本件各特許発明の実施品の割合(=本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合)によって得られる。なお、一審原告は、寄与度(サイト注:上記の0/4005と0/6175)を『一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い』と捉えるのであれば、本件各特許発明により一審被告が『受けるべき利益』の算定における譲渡金額は『一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額』ではなく『一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の全製品の譲渡金額合計額』とされなければならない、と主張するが、この主張を採用することができない」と述べている。

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