東京地裁(平成23年1月28日)“熱交換器事件”は、「使用者等が、第三者に当該発明を実施許諾することなく、自ら実施(自己実施)している場合には、特許権が存在することにより、第三者に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が得ることができた利益、すなわち、特許権に基づく第三者に対する禁止権の効果として、使用者等の自己実施による売上高のうち、当該特許権を使用者等に承継させずに、自ら特許を受けた従業者等が第三者に当該発明を実施許諾していたと想定した場合に予想される使用者等の売上高を超える分(『超過売上高』)について得ることができたものと見込まれる利益(『超過利益』)が『独占の利益』に該当するものというべきである。この『超過利益』の額は、従業者等が第三者に当該発明の実施許諾をしていたと想定した場合に得られる実施料相当額を下回るものではないと考えられるので、超過利益を超過売上高に当該実施料率(仮想実施料率)を乗じて算定する方法にも合理性があるものと解される」、「原告らは、熱交換効率の向上及び騒音の発生を抑制する効果を奏する本件各発明は、市場における技術的優位性を有する旨主張する」、「本件各出願の出願前に、被告の競合他社は、熱交換効率を向上させる目的で、それぞれが熱交換器のフィンパターンを開発・改良し、フィンパターンについての独自の技術を有し、その独自の技術を実施した熱交換器を各社の製造するエアコンに使用していたことを推認することができ、この推認を妨げる証拠はない。したがって、競合他社は、熱交換器のフィンパターンに関し、本件各発明の代替技術を有していたものと認められるところ、本件においては、本件各発明がこれらの代替技術よりも熱交換効率の向上その他の効果等の点において技術的に優位であったことを認めるに足りる証拠はない」、「原告らは、被告が被告のエアコン製品に本件各発明を実施したことにより、エアコン製品の売上げ及び利益の増加、市場シェアの増加等をもたらし、エアコン製品の市場における優位性を獲得した旨主張する」、「被告が被告のエアコン製品に本件各発明を実施したことにより、被告のエアコン製品の市場シェアの増加をもたらしたものと認めることはできない。また、被告のエアコン製品の市場シェアの各数値に照らしても、本件各発明を実施した被告のエアコン製品が市場を独占しているような状況や競合他社を凌ぐような状況にあったものとは認めがたい。したがって、被告のエアコン製品の市場シェアから、被告が被告のエアコン製品に本件各発明を実施したことにより、エアコン製品の市場における優位性を獲得したものということはできない」、「原告らは、本件各発明を実施したことにより、熱交換器、ひいてはエアコン全体が従来の製品より大きく性能が向上し、被告が本件各発明を実施したエアコン製品(本件エアコン)を市場に投入してから、被告の売上高及び利益が増加し、エアコン製品の市場における優位性を獲得した旨主張する。しかしながら、超過売上高の有無を判断するに当たっては、自社の従来製品との性能との比較ではなく、あくまで競合他社と比較した場合の優位性が問題となるというべきであり、また、売上高及び利益の増減には、市場規模全体の増減も影響することに鑑みると、競合他社との優位性の比較は、結局のところ市場シェアの割合に反映されるものと解される。そして、被告のエアコン製品が市場シェアにおいて優位性が認められないことは前記・・・・のとおりであるから、原告らの主張は、その主張自体採用することができない」、「原告らは、被告が熱交換器単体あるいはそれを使用したエアコンを他社にOEM供給していることを捉えて、本件各発明を実施した熱交換器、ひいてはエアコン製品全体が高性能であったからこそ、OEM供給の供給元になることができた旨主張する。しかし、被告による熱交換器単体あるいはそれを使用したエアコン製品のOEM供給の事実から直ちに本件各発明を実施した被告のエアコン製品が他社の製品に比べて高性能であったことを根拠づけることはできない。したがって、原告らの主張は、採用することができない」、「また、原告らは、被告が本件各発明を実施した熱交換器を十数年間の長期にわたり継続使用していること、本件各特許権をその存続期間満了まで維持し続けてきたことは、本件熱交換器における技術的優位性及び経済的優位性が長期にわたり継続したことを意味するなどと主張する。しかしながら、熱交換効率を向上させる要素は本件各発明のようなフィンパターンに係る発明だけでなく、それにその他の諸要素を適宜組み合わせることによって実現されるものであること・・・・、そもそも特許発明の継続的な使用の事実や当該発明に係る特許権の維持の事実は、他社の製品との比較における当該発明の技術的優位性等とは直接的に関連性がないことに照らすならば、原告らの主張は理由がない」、「以上のとおり、被告の本件エアコンの販売台数に『超過売上げ』に係る部分が含まれていることの根拠とする原告らの主張は、いずれも理由がなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告ら主張の『超過売上高』の存在を認めることはできないから、原告ら主張の『独占の利益』は、その前提を欠くものであり、認めることはできない」と述べている。 |