知財高裁(平成4年31日)“集積回路装置の製造方法事件1審被告又はルネサス(サイト注:ルネサスは1審被告が半導体事業を特許とともに譲渡した会社であるが、譲渡前に退職した者に対する相当の対価の支払いの債務は1審被告がルネサスの補償のもとで負担することで合意している)が半導体メーカー各社と締結した包括クロスライセンス契約において、1審被告は自己が保有する約2万件の特許をその対象としていたこと、ルネサスはその保有する約4万件の特許をその対象としていたことが認められる。このような包括クロスライセンス契約の締結交渉において、多数の特許の全てについて、逐一、その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うことは現実的に不可能であるから、相手方が実施している可能性が高いと推測している特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を、提示特許として相互に一定件数の範囲内で相手方に提示し、それらの特許に相手方の製品が抵触するか否か、当該特許の技術的価値の程度及び実施していると認められた製品の売上高等について具体的に協議し、相手方の製品との抵触性及び技術的価値が確認された特定の特許(代表特許)と対象となる製品の売上高を重視した上で、互いに保有する特許の件数、出願中の特許の件数も比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約の諸条件が決定されていることが通常であるということができる。そうすると、多数の特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては、相手方への提示特許等として認められた特許以外の個別の対象特許(以下『非提示対象特許』という)については、多数の特許のうちの1つとして、その他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく当該契約の対象とされていたものというべきである。したがって、非提示対象特許については、包括クロスライセンス契約の対象特許である以上、同契約締結に対する何らかの寄与度は認められるものの、それは、提示特許等による寄与度を除いた残余の寄与度にすぎないと解される。そして、提示特許等が包括クロスライセンス契約締結に対する寄与度の相当部分を占めるものと評価すべき場合が多いと考えられること、非提示対象特許の数は極めて多いことが通常であることからすれば、非提示対象特許は、多数の特許群を構成するものとしてその価値を評価すれば足りるものであって、包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認めるまでの必要はないものというべきである。もっとも、非提示対象特許であっても、包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特許については、当該契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり、また、特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができることから、提示特許等に準じるものとして、当該契約締結に対する一定の寄与度を認めるべきである」、「1審被告において、本件各特許は、ライセンス交渉における提示特許等の候補の1つとして把握されており、平成2年度以降の交渉の際、実際に提示特許等として活用したのみならず、提示特許等として活用しなかった包括クロスライセンス契約についても、貢献を認めるなどしていたものである。他方で、・・・・本件出願時明細書に記載された発明は、エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関するものであって、平成3年度における戦略特許賞『金賞』を受賞したのも、その当時、エッジ強調型位相シフトマスクが有力な技術であると一般的に評価され、雑誌記事において紹介されていたことによるものと推測される。日本967−1発明(サイト注:日本への特許出願の請求項1に記載された本件発明)は、平成7年における補正より現在の内容となったところ、1審被告は、本件各特許発明(サイト注:本件発明について日本、米国、韓国で特許を受けたもの)の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとの当時の1審被告又はルネサスの認識(あるいは1審被告又はルネサスにおいて、意図的にそのようなものとして取り扱ったこと)を前提として、本件各特許を高く評価したものにすぎないと認められるところ、客観的には、本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとは認められず(サイト注:エッジ強調型位相シフトマスクのみ含まれる、仮に、含まれると解する場合、当該補正は、本件出願時明細書の要旨を変更するものとなってしまう・・・・。日本967号特許は、ライセンス交渉において、提示特許等として用いられたこともあったが、交渉の相手方が、日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれる等その価値を高く評価して、包括クロスライセンス契約を締結したと認めるに足りる証拠はない。現に、ライセンス交渉の相手方から、日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることに疑義が示されている例もあることが認められる・・・・。しかも、日本967号発明の技術内容からすると、日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれないことについて、相手方が指摘することは格別困難であるということはできないから、相手方からその旨の反論がされることは十分予想できるものである。以上の諸事情からすれば、本件各特許の寄与率については、平成9年度から平成0年1月1日まで(サイト注:包括クロスライセンス契約の有効期間内における日本967号特許の存続期間)の各年度を通じて、3%をもって相当と認める」、「1審被告は、本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれていないこと及びレベンソン型位相シフトマスクとハーフトーン型位相シフトマスク以外の位相シフトマスクは商業的には実用化されておらず、1審被告及び第三者が本件各特許発明を実施していないことや、ライセンス交渉の相手方は、1審被告の有する特許ポートフォリオ等を評価して契約締結に至るものであるから、本件各特許のライセンス契約に対する貢献はないことを主張して、1審被告が本件各特許発明により受けた利益はゼロであると主張する。しかしながら、前記のとおり、1審被告又はルネサスは、他社とのライセンス交渉において、当該交渉を有利に進めるために日本967号特許を交渉材料として用いており、現に包括クロスライセンス契約によって得た実施料及びクロス効果の額の一部を日本967号特許に対して配分していたのであるから、自社又は他社における実施の有無にかかわらず、1審被告が当該ライセンス契約において本件各特許発明により受けた利益がゼロということはできない」と述べている。

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