知財高裁(平成25年1月31日)“スルフアモイル置換フエネチルアミン誘導体事件”は、「山之内製薬は、昭和40年から、アドレナリン受容体に関する研究を開始し、高血圧治療薬であるアモスラロールを含む複数のα及び/又はβ遮断剤を開発・上市していた。第1審原告は、昭和51年にアモスラロールの研究開発に参加したものであるが、昭和55年2月18日、α・β遮断剤であるアモスラロールの研究開発で得た知見、すなわちその光学異性体によってα1受容体及びβ受容体の遮断作用が異なり、S体のα1遮断作用が優位であること及びアモスラロールからOH基を除去して合成したYM−11133のα1遮断作用がアモスラロールのS体とほぼ同等の活性を示したことなどを報告したことから、第1審被告は、YM−11133の構造修飾(最適化)を研究業務として取り上げたものである」、「このように、塩酸タムスロシンの合成前の段階における第1審原告に独自の着想として、アモスラロールという特定のα受容体及びβ受容体の双方に遮断作用を有する遮断剤に基づいて、そのα1遮断作用を向上させた医薬品の開発について具体的な方向性を示した点が認められる。そして、第1審原告は、様々なものが存在するα及び/又はβ遮断剤の中で、α・β遮断剤であるアモスラロールの性質に応じた適切な改善の方向性を着想したという点において、当該着想の独創性は、相応に評価されるべきである。しかし、当時の外国文献には、特定のβ遮断剤では光学異性体によって遮断活性が異なることについての記載や、特定のα遮断剤からOH基を除去することでα遮断作用が向上することについての示唆があったから、第1審原告の上記着想の独創性には、自ずと一定の限界があるものといわなければならない。また、第1審原告が塩酸タムスロシンの合成に着手する以前の段階で、既に山之内製薬にはアドレナリン受容体に関する研究開発の蓄積があり、第1審原告は、そこに参加してその蓄積を利用して研究を行っていたものであって、山之内製薬が第1審原告の報告に基づきYM−11133の構造修飾を研究業務として取り上げたのは、本件物質発明に係る特許を受ける権利が山之内製薬に承継された昭和55年2月8日よりも後であるから、塩酸タムスロシンの合成前の段階での山之内製薬の貢献は、決して小さなものとはいえない」、「第1審原告は、その後、他の共同発明者とともに山之内製薬の正式の研究業務としてYM−11133の構造修飾を行い、Bが合成したYM−12617(ラセミ体)から、昭和57年9月27日、光学活性な中間体を用いる方法でその光学異性体である塩酸タムスロシンを合成したものである。このように、塩酸タムスロシンの合成に当たっては、第1審原告を含む共同発明者に独自の着想として、YM−11133の構造修飾を行い、YM−12617(ラセミ体)を合成した上で、光学活性な中間体を用いて塩酸タムスロシンを合成した点が認められる。しかし、YM−11133の構造修飾によるYM−12617の合成は、公知の知見に基づくものであるし、そこから本件物質発明を合成した手法も、当時の技術水準に照らして特に独創的なものとまでは認められないから、発明者らによる上記着想の独創性には、自ずと一定の限界があるものといわなければならない。むしろ、塩酸タムスロシンの合成は、山之内製薬の正式業務の中でされたものであるばかりか、本件物質発明に係る特許を受ける権利が山之内製薬に承継された後にされたものであるから、当該承継時点における本件物質発明の価値を承継後に合成された塩酸タムスロシンを有効成分とするハルナールの売上高に基づいて算出するに当たって、これらの事情は、山之内製薬の貢献度を高めるものとして特に有利に考慮する必要がある」、「第1審原告は、その博士論文にも記載のとおり、昭和59年頃まで、YM−12617(ラセミ体)を高血圧治療薬として位置付けていたのに対し、第1審被告は、市場性に不安を抱えながらも、塩酸タムスロシンの合成がされる前から、低コストであるYM−12617(ラセミ体)について排尿困難症の薬剤としての開発及び試験を開始し、昭和60年10月頃、その光学異性体である塩酸タムスロシンによる開発を進めることとしたものである。そして、山之内製薬は、その後、大量合成法の開発(これに関しては、第1審原告の貢献も一定程度認められる。)、医薬品として臨床実施する上で不可欠な本件徐放製剤発明の開発を含む製品化、各種臨床試験、薬事法に基づく承認申請手続、国内外での営業活動及びライセンス契約の締結を進めてきたものである」、「このように、塩酸タムスロシンの合成がされてからハルナールが売上げを獲得するまでにされた第1審原告の貢献は、限定的であるのに対し、山之内製薬は、ハルナールの開発及び営業活動に邁進した結果、・・・・大きな売上高を記録するに至ったものであるから、山之内製薬の貢献には極めて大きなものがあったといわなければならない。これらの事情の中でも、山之内製薬による適応症の選定及び製品化に向けた関連する技術の開発は、塩酸タムスロシンを有効成分とするハルナールが前記の巨額な売上高を獲得するに当たって特に大きな貢献をしていると指摘することができるから、本件物質発明に係る特許を受ける権利が山之内製薬に承継された時点における本件物質発明の価値を承継後に達成された当該売上高に基づいて算出するに当たり、山之内製薬の貢献度を高めるものとして特に有利に考慮する必要がある」、「医薬品の分野では、新薬の開発には多額の費用を要する一方で、新規の物質が発明されたとしても、それが製品に至る確率が極めて低く、また、新規の物質が発明されてから医薬品の承認を得るまでに長期間を要するという特色がある。このように、製薬業界における使用者は、物質発明がされるについて大きな費用を負担しているばかりか、製品化に当たってそれに伴う様々なリスクも負担しているのであるから、当該物質発明が後に特定の製品の要素として採用されて売上げを得た場合において、当該物質発明に係る特許を受ける権利を承継した対価の額を算定するについては、かかる事情も考慮して使用者の貢献度を評価するのが相当である」、「以上によれば、ハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンの合成前の段階における第1審原告の着想の独創性には、相応に評価されるべきものがあり、塩酸タムスロシンの合成に当たっても、第1審原告を含む共同発明者には独自の着想が認められるものの、当該合成がされた後の経緯における第1審原告の貢献は、限定的であるのに対して、山之内製薬については、塩酸タムスロシンの合成前の段階からその貢献度が決して小さなものとはいえず、塩酸タムスロシンの合成がされるについても大きな貢献をしているほか、当該合成がされた後の売上高に対する貢献には極めて大きなものがあったといわなければならない。本件においては、これらの事情の中でも、本件物質発明に係る特許を受ける権利が山之内製薬に承継された時点ではハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンがそもそも合成されていなかったことに加えて、当該合成がされた後の山之内製薬による適応症の選定及び製品化に向けた関連する技術の開発が、ハルナールが・・・・巨額な売上高を獲得するに当たって特に大きな貢献をしていることを重視する必要がある。そして、これらの事情は、いずれも、本件物質発明に係る特許を受ける権利が山之内製薬に承継された時点では使用者及び発明者において予見することが極めて困難な事情であったといえるものであり、とりわけ塩酸タムスロシンの合成後の事情は、専ら使用者である山之内製薬の貢献に係るものであるから、当該承継時点における本件物質発明の価値を承継後に達成されたハルナールの上記売上高に基づいて算出するに当たり、山之内製薬の貢献度を高めるものとして特に有利に考慮する必要がある。他方、上記のとおり、本件物質発明がされるについて第1審原告を含む共同発明者には一定の貢献が認められるものの、その貢献度は、山之内製薬による上記貢献度と比較すると、極めて限定的なものにとどまるといわざるを得ない。よって、以上に説示した諸事情を総合考慮すると、本件物質発明がされるについて使用者である山之内製薬がした貢献度は、本件物質発明に基づく売上高の99%であり、発明者の貢献度は、1%とするのが相当である」と述べている。 |