東京地裁(平成26年6月20日)“選択信号方式の設定方式事件”は、「被告は、原告が提出した書証の一部が、被告がその原本を秘密情報として管理している文書(本件社内文書)の写しであり、原告が被告在職中に入手したものであるから、原告がこれらの文書の記載内容について法律上の秘密保持義務を負っており、かつ、これらの文書の写しを在職中社外に持ち出すことができず、退職時には被告に対し返還する法律上の義務を負担しているなどとして、いずれも違法収集証拠に当たり、証拠能力を有しないと主張する」、「この点、被告の従業員は、就業規則によって、業務上の機密や自己の業務内容を洩らすことが禁止され、その退職時には、在職中に知り得た会社の企業秘密に関する情報を全て会社に返還し、退職後にそれらを洩らしたり、使用したりしないことが義務付けられているほか、被告の企業秘密管理規定においては、退職時に企業秘密の漏洩防止のために企業秘密の返還に関する条項を含む書面を提出するものとされている。そして、原告は、被告を退職するに際し、これらの規定に基づいて秘密保持誓約書及び退職者チェックリストにそれぞれ署名押印して、被告に提出しているところ、上記秘密保持誓約書には、原告が勤務中に従事した業務において知り得た被告の法務・知的財産管理上の情報等の一切の情報について、退職後も秘密を保持し、第三者に開示・漏洩せず、また、自ら又は第三者のために使用しないこと、及び、その業務上作成、入手した文書、資料、電子データ等の一切を被告に返還し、それらを一切保有していないことをそれぞれ誓約する旨が記載されており、また、上記退職者チェックリストには、原告が業務上作成した文書等(自宅に置いてあるもの及び複製物を含む。)の一切を被告に返還したことを確認する旨が記載されている。一方、本件訴訟において、原告は、特許権の活用に関する被告の社内文書及びこれに関する従業員間のEメールをプリントアウトした文書、他社とのライセンス契約の内容を記載した文書、他社とのライセンス交渉経過に関する社内の報告書並びに他社とのライセンス契約に係る協議内容が記された議事録などの本件社内文書の写しを書証として提出している。そして、これらの文書は、いずれも原告が被告における自己の業務に関連して、被告社内で入手した被告の社内文書であって、いずれも原告が退職時に被告に対してその返還を確認し、その旨を誓約したはずの文書に当たると認められる。そうすると、原告は、被告の社内規則等に反し、かつ原告自身の被告に対する誓約に背いて、本件社内文書又はその写しを退職後も返還することなく所持していることが認められる(なお、原告は、自宅で業務を行うために必要な書類を持ち帰ることは一般的に行われていたと主張するが、仮に在職中に業務の遂行のために書類を自宅に持ち帰ることが一般的に行われていたとしても、そのことが、それらの書類を退職後も返還せずに所持することを正当化する理由にならないことは明らかであるし、原告は自宅に保管された書類を含む一切の文書を被告に返還した旨を誓約しているのであるから、原告の上記主張は失当である。)。このように原告が被告の社内規則や自らの被告に対する書面による明示的な誓約に反して、本件社内文書を被告から持ち出し、あるいは被告に返還せずに、退職後も所持していることは、原告が、被告の従業員として労働契約又は信義則によって負担する、被告に対する法律上及び契約上の義務に違反するものであることは明らかというべきである」、「しかしながら、民事訴訟においては、証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在せず、訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現も民事訴訟の重要な目的というべきであるから、訴訟において当事者が提出する証拠が、当事者間の訴訟外の権利義務関係の下で法律上、契約上若しくは信義則上の義務に違反して入手されたものといい得るとしても、それゆえにその訴訟上の証拠能力が直ちに否定されるべきものであるとはいえず、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採取されたものであるなど、それを民事訴訟において証拠として用いることが民事訴訟の目的や訴訟上の信義則(民訴法2条参照)に照らして許容し得ないような事情がある場合に限って、当該証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。本件においては、上記のとおり、原告が本件社内文書を持ち出して、退職後も所持していることは、法律上及び契約上の義務に違反するものであって、被告に対する背信行為というべきものであるが、他方で、本件社内文書は、いずれも原告が被告における自己の業務に関連して接することができ、その業務の過程で入手し得たものと考えられること、それら本件社内文書が不競法2条6項に規定する『営業秘密』の成立要件を充たす文書であるか否かは必ずしも明らかでなく、また、原告は上記社内文書を法律上正当な権利の行使である職務発明対価請求訴訟の書証として利用しているにすぎないこと、本件社内文書のような使用者側の保有する特許権のライセンス契約等に関する社内文書は、職務発明対価請求訴訟において、一般的に請求の基礎となる事実関係の解明に重要な書類であり、職務発明対価請求訴訟は、本来企業と従業員若しくは元従業員との間の訴訟であるから、上記のような社内文書においても、閲覧制限の申し立てをし、当事者間で秘密保持契約を締結したりするなどすれば、上記社内文書が不用意に外部に流出することはないにもかかわらず、本件において、被告は上記社内文書等を書証として提出することを拒んでいること、以上の事情をも考慮すると、原告が被告在職中に入手した本件社内文書を本件訴訟において自己の有利な証拠として用いることは、いまだ著しく反社会的なものであるとまで断じることはできず、民事訴訟の目的や訴訟上の信義則に照らしても全く許容し得ないものとまでいうことはできない。よって、原告が提出した本件社内文書に係る書証につき証拠能力がないと断ずることはできず、したがって、被告の証拠排除の申立ては理由がない」と述べている。 |