東京地裁(平成26年6月20日)“選択信号方式の設定方式事件”は、「包括クロスライセンス契約においては、互いが保有する数千件又は1万件を超える多数の特許が許諾対象となり得るが、その契約締結過程において、それぞれが保有する多数の特許の全てについて、逐一、その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うことは現実的に不可能であるから、相手方が実施している可能性が高いと推測している特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を、自社の代表的な特許として相互に相手方に提示して交渉に臨み(以下、このように相手方に提示された特許を『提示特許』という。)、それらの特許の技術的価値の程度や有効性、当該特許に相手方の製品が抵触するか否か、及び抵触していると認められた製品の売上高等について具体的に協議し、提示特許のうち有効性、技術的価値及び相手方の製品との抵触性等が確認された特定の特許(以下『代表特許』という。)と対象となる製品の売上高を重視した上で、互いに保有する特許の件数や出願中の特許の件数も比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約の諸条件が決定されることが通常であると考えられる。したがって、上記提示特許、特に代表特許に当たる特許は、原則として、当該包括クロスライセンス契約の締結に大きく貢献したものとして、包括クロスライセンス契約において使用者が受けるべき利益の額に対する寄与度が大きいものと評価されるというべきである。なお、当事者ら、殊に原告は、その主張において、上記提示特許と代表特許を特段区別することなく、『代表特許』の語を用いているが、厳密に言えば、上記のとおり区別し得るものである」、「他方で、代表特許でもなく、提示特許でもない、他の対象特許(以下『非提示特許』という。)については、多数の特許のうちの1つとして、その他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく当該契約の対象に含まれたものというべきである。また、例えば、既に締結された包括クロスライセンス契約の契約期間が満了するに際して、当該契約の契約期間を延長する趣旨で更新契約を締結するような場合には、改めて特定の特許を互いに提示してそれを評価し合うというようなことをせずに、従前の主要な条件を維持したまま、更新契約の締結に至ることがあり得るが、このような場合にも、その対象に含まれる個々の特許については、多数の特許のうちの1つとして、他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく、当該契約の許諾対象とされることになる。そうすると、このような非提示特許については、それらが包括クロスライセンス契約の許諾対象特許に含まれる以上、その許諾対象特許の総体を構成するものとして、同契約締結に対する何らかの寄与度を観念することができるとはいい得るとしても、それは上記提示特許等による寄与度を除いた部分にすぎず、また、非提示特許の数が極めて多いことが通常であることからすると、個々の非提示特許の寄与度は極めて小さいというべきであり、しかも、相手方がこれを具体的に評価して契約締結に至ったわけでない以上、仮に1つの非提示特許が存在しなかったとしても結果的に同じ条件でライセンス契約が締結されたと考えられるのであるから、それらの個々の非提示特許については、当該ライセンス契約締結に対して直接的に有意な貢献をしたと評価することはできないのが原則である。したがって、非提示特許については、多数の特許群を構成するものとしてその価値を観念することができるものではあっても、それは多数の特許群の総体であることによって初めて把握される価値であって、原則として、その総体の価値を個々の特許に還元することはできず、個々の特許については、包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認めるまでの必要はないものというべきである」、「もっとも、非提示特許であっても、包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特許(以下『実施特許』ということがある。)については、それが相手方に提示されなかったとしても、当該契約締結時にその存在が相手方に認識されており、相手方がこれを考慮に入れて当該契約を締結した可能性があり、また、特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて現に禁止権を行使しているものということができることから、このような実施特許は、当該契約の締結に対して何らかの直接的な貢献をした可能性を否定することはできず、したがって、代表特許・提示特許に準じるものとして、当該契約締結に対する一定の寄与度を認めることができると解される」、「さらに、非提示特許である特定の特許について、契約締結当時における相手方の実施が認められず、契約締結に対する直接的な貢献が認められない場合であっても、例えば、契約締結後、その契約期間中であって、かつ当該特許の存続期間中に、相手方が当該特許を実際に実施していることが認められるような場合には、相手方は、既にライセンス契約によって使用が許諾されている特許の1つであったからこれを使用したという事情があるにせよ、当該特許の技術的価値を認めて、これを実施することでその現実的な利益を得ているということができ、また、当該特許の特許登録及び当該ライセンス契約を通じてその禁止権が行使されているといい得ることから、当該特許が特許群を構成する多数の特許の1つにすぎないとしても、その特許群が有する価値の一部を当該特許に個別に還元して評価し得ないものではないと解される。したがって、このような特許についても、包括クロスライセンス契約の許諾対象特許を構成する特許群の中の1つとして、一定の寄与度を認めることができると解するのが相当である。ただし、この場合、当該特許は、ライセンス契約の締結過程において代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはなく、また、相手方が当時これを実施していたこともないから、その契約締結に際して相手方が当該特許の個別の価値を評価したわけではないのである以上、当該特許の同契約に対する寄与の程度を算定するに当たっても、原則として、当該特許の技術的意義等の個別の価値を考慮することは相当ではなく、単に多数の特許群を構成する特許の1つとしての価値、すなわち、その契約における相手方に対する許諾対象特許の件数分の1程度の割合をもって、同契約に対する当該特許の寄与率とすることが相当であるというべきである」、「弁論の全趣旨によれば、本件特許は、A社ライセンス契約(サイト注:包括クロスライセンス契約)の締結過程で、被告からA社に提示されてその有効性や技術的価値及びA社による実施の有無などが検討されたことはないことが認められる。また、・・・・A社の***の少なくとも一部は本件発明を実施していることが認められるが、それらの実施が認められる製品はいずれも平成9年10月以降に発売されたものであり、これ以前にA社が本件発明を実施していたことを推認させるような事情は認められないから、A社ライセンス契約の締結***当時において、A社が本件発明を実施していたとの事実を認めることはできない。さらに、・・・・回線自動設定機能を有する製品の中には、本件発明ではなく代替技術を使用しているものがあると認められ、他方、A社ライセンス契約締結当時に本件発明がその対象製品分野で幅広く実施されていたなどの事情もうかがわれないことからすれば、同契約締結当時、A社が将来的に本件発明を実施せざるを得ない事情があったとも認められない。そうすると、A社ライセンス契約において、本件特許は、代表特許、提示特許又は実施特許として、その契約締結に直接的に有意な貢献をしたものとはいえない。しかし、少なくともA社ライセンス契約締結後に、その契約期間中であって、かつ本件特許の存続期間中に、A社が実際に本件発明を実施している事実が認められることから、本件特許については、A社ライセンス契約の許諾対象特許群を構成する特許の1つとして、前記・・・・で説示した基準に基づいて、本件発明により被告が受けるべき利益の存在を認めることが相当である。そうすると、A社ライセンス契約において本件発明により被告が受けるべき利益の額は、『A社における対象製品の総売上高×A社に対する許諾対象特許の想定実施料率×(1÷A社に対する許諾対象特許の件数)」として算定するのが相当である」、「A社ライセンス契約においては、『***』が許諾対象となっているところ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、***等のA社ライセンス契約における対象製品に実施可能な被告の特許(実用新案を含む。)について、***から***までの間に被告が出願した件数の合計は、全世界で20万5192件であると認められる。なお、証拠によれば、上記出願件数は各出願の筆頭IPC分類を基準とする検索により抽出されたものであると認められるところ、このようにして抽出された特許出願が、厳密な意味で、A社ライセンス契約の対象製品に実施可能なものといい得るかが問題となるが、証拠によれば上記抽出に用いられたIPC分類は同契約の対象製品に関連する技術分野として選択されたものであると認められ、また、A社ライセンス契約の対象製品は『***』に当たる製品の全てである上、・・・・A社ライセンス契約の対象製品の範囲はこれを一義的に厳格に解釈できない事情があること、本件発明のように電話回線を伝送回線として用いる通信装置に関する発明が、***や***にとどまらず、***等の幅広い分野で実施される例があることを考慮し、他方で、被告が用いたIPC分類による抽出方法のほかにより合理的な抽出方法があるとは認められず、原告もそのようなより合理的な抽出方法を何ら具体的に主張していないことにも鑑みれば、上記証拠に記載の方法によりIPC分類を用いて抽出された出願件数は、一応合理的なものと認めるのが相当である」、「もっとも、・・・・A社製品の売上高は、日本国内のみの売上高である。本来、A社ライセンス契約においては国内外の特許出願が許諾対象とされており、全世界で製造・販売されるA社製品が対象製品とされていると解されるから、A社ライセンス契約における本件発明による被告の利益は、全世界での対象製品の売上高と全世界の許諾対象特許の件数とを基礎として算定するのが相当であると思われる。しかし、主張立証責任を負っている原告が、自ら対象製品の範囲を限定して主張立証することは許されるものと解されるところ、本件において、原告は、全世界の売上高ではなく、国内の売上高のみを算定の基礎として主張立証しているのであるから、このような場合に、許諾対象特許についてのみ全世界の件数を用いることは、必ずしも合理的とはいい難く、上記対象製品の限定が原告自身の選択によるものであることを考慮したとしても、これとの均衡からは、許諾対象特許についても国内の件数のみを算定の基礎に用いるのが相当といえる。証拠によれば、・・・・***から***までの間の全世界での被告の出願件数20万5192件のうち、日本国内での出願(PTC出願を含む。)件数は、16万6704件であると認められる」、「また、許諾対象となる権利は、***とされているところ、特許は一度出願された後、その権利期間満了まで出願又は登録の状態で維持されるわけではなく、出願後に審査請求がされることなく取下げられたり、審査請求がされても拒絶査定等によって登録に至らないことも少なくなく、また、一旦登録されても、無効審判によって取り消されたり、権利期間の途中で特許料不納付により権利が消滅したりすることもあるから、A社ライセンス契約の有効期間中のある時点において被告が保有する権利の件数が、この***から***までの間の出願の累計件数と一致しないことは明らかである。そうすると、本件特許の寄与率を、許諾対象として被告が保有する権利の件数分の1として算出するに当たっては、その分母となるべき権利の保有件数として、上記の累計件数を用いるのは相当ではない。この点、上記累計件数が***から***までの***年間の累計であること、本件においてA社ライセンス契約につき被告の受けるべき利益の算定対象期間とされているのが平成9年から平成17年までの9年間であること、特許権の存続期間が特許出願の日から20年であること、その他審査、査定、登録の実情等に鑑みれば、契約期間中の一時点における被告の権利の保有件数については、上記累計件数の3分の1と推計するのが相当であるといえる。そして、上記累計件数16万6704件の3分の1は、5万5568件となる」と述べている。 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