東京地裁(平成8年月2日)“オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤事件特許法8条の2は『存続期間が延長された場合・・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第7条第2項(サイト注:現4項)の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない』と規定している。この規定によれば、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、延長登録の理由となった同法7条2項所定の政令で定める処分(以下『当該政令処分』という)の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物。以下『当該政令処分対象物』という)についての当該特許発明の実施行為に及ぶということになる。もっとも、特許権の存続期間の延長登録制度は、特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった特許権者に対して、当該政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について、当該政令処分を受けるために必要であった期間、特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって、特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図る趣旨であると認められるから、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった当該政令処分対象物にのみ及ぶのが原則ではあるが、上記のような不利益の解消を図ることによって特許権者の研究開発のためのインセンティブを高めるという延長登録制度の上記趣旨に鑑みると、侵害訴訟における被疑侵害品が、当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であっても、上記被疑侵害品が、当該政令処分対象物の『均等物や実質的に同一と評価される物(実質的同一物)である場合には、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が上記被疑侵害品についての実施行為にも及ぶと解するのが相当である。ここで、当該政令処分により存続期間が延長された特許権の効力は当該政令処分対象物についての特許発明の実施の範囲に限定されるものの、その技術的範囲については通常の特許権の特許発明の技術的範囲と同様に考えることができるというべきであるから、結局、実質的同一物該当性の判断基準としては、まず、特許法0条に基づく技術的範囲の属否を検討するほか、文言解釈上は当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても、信義則の見地から、当該政令処分対象物と当該被疑侵害品の差異(以下『当該差異部分』という)について、@当該差異部分が当該政令処分対象物についての特許発明における本質的部分ではなく、A当該差異部分を当該被疑侵害品におけるものと置き換えても、当該政令処分対象物についての特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B上記Aのように置き換えることに、当該政令処分対象物についての特許発明の属する技術の分野における当業者が、当該被疑侵害品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C当該被疑侵害品が、当該特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D当該被疑侵害品が当該政令処分ないし特許延長登録に係る手続において処分ないし延長登録の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、当該被疑侵害品は、当該政令処分対象物と均等なものとして、当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当であり(最高裁判所平成0年2月4日・・・・判決・・・・参照、かつ上記基準をもって足りるというべきである」、「本件特許1は、既に医薬品としての効能が知られていたオキサリプラティヌム溶液について、オキサリプラティヌムの濃度及びHを一定の範囲に限定し、かつ、添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることで、医薬的に安定で直ぐに利用できるオキサリプラティヌム注射液を得るというものであるから、本件発明1は、医薬品の成分を対象とする物の発明に当たる。ところで、特許法施行令2条は、特許法7条2項の『政令で定める処分(当該政令処分)の1つとて、医薬品医療機器等法4条1項に規定する医薬品に係る同項の承認を挙げており、同項は、医薬品の製造・販売をしようとする者は、品目ごとにその製造・販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨規定している。そこで、本件では、被告各製品が、医薬品医療機器等法4条1項の厚生労働大臣の承認という本件処分の対象となった物(本件処分対象物)についての本件特許1の実施に当たるか否かが問題となる。ここで、医薬品医療機器等法4条1項の承認を受けることによって可能となるのは、その審査事項である医薬品の『名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項(医薬品医療機器等法4条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造・販売であると解されるところ、特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであることからすると、被告各製品が本件処分対象物に該当するか否かを検討するに当たっては、被告各製品が、本件処分により可能となった本件特許権1の実施の範囲にあるかを検討すべきであるから、上記審査事項の全てではなく、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項(当該特許権が医薬品の成分を対象とする物の発明である場合には、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果である)に照らし、本件処分対象物に該当するか否を判断することが相当である(最高裁判所平成7年1月7日・・・・判決・・・・参照。そして、上記審査事項のうち『成分、分量』は、医薬品の『物』それ自体としての客観的同一性を左右するものであり(ただし『分量』については延長された特許権の効力を制限する事項と解するのは相当ではない。)、また『用法、用量』及び『効能、効果』は医薬品それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが『用途』に該当する性質のものであるから、結局、医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、特許法8条の2によって存続期間が延長された特許権は『物』に係るものとして『成分(ただし、有効成分に限らない)によって特定され『用途』に係るものとして『効能、効果』及び『用法、用量』によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶものと解するのが相当である。なお、延長登録制度の趣旨に照らし、存続期間が延長された特許権の効力が本件処分対象物の実質的同一物にも及ぶことは、前記・・・・記載のとおりである」、「被告各製品は、酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有する点で本件処分対象物とは『成分」が異なるので、まず、この差異について、前記・・・・@(当該差異部分が本件処分対象物についての特許発明における本質的部分ではない)の要件(いわゆる均等の第一要件)を充足するか検討する」、「オキサリプラチン溶液について、本件発明1では、オキサリプラチンの濃度及びHを一定範囲にすることで不純物の発生を抑止するのに対し、被告各製品では、オキサリプラチン溶液にさらに酒石酸及び水酸化ナトリウムを添加するという手段を採用することによって不純物の発生を抑止しているのであって、医薬的に安定なオキサリプラチン溶液を得るための技術思想が異なり、当該差異部分は、本件処分対象物についての本件発明1における本質的部分の差異に当たるというべきである。したがって、被告各製品は均等の第一要件を充足するとはいえないから、本件処分対象物の実質的同一物に当たるとはいえない」、「被告各製品は、本件処分対象物ないしその実質的同一物に当たるとはいえず、本件処分対象物についての本件発明1の技術的範囲に含まれないから、延長された本件特許1の効力は被告各製品の生産、譲渡又は譲渡の申出には及ばない」と述べている。

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