知財高裁(平成28年3月25日)“ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体事件”は、「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないから、このような特段の事情がある場合には、例外的に、均等が否定されることとなる(・・・・ボールスプライン事件最判参照)」、「この点、特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって、出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における『特段の事情』に当たるものということはできない。なぜなら、@・・・・特許発明の実質的価値は、特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても、特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び、その理は、出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ、出願時に容易に想到することができたことのみを理由として、一律に均等の主張を許さないこととすれば、特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を、上記と異なるものとすることとなる。また、A出願人は、その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で、特許請求の範囲において、その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると、特許請求の範囲については、本来、特許法36条5項、同条6項1号のサポート要件及び同項二号の明確性要件等の要請を充たしながら、明細書に開示された発明の範囲内で、過不足なくこれを記載すべきである。しかし、先願主義の下においては、出願人は、限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し、これを出願しなければならないことを考慮すれば、出願人に対して、限られた時間内に、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し、特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は、当該特許の有効期間中に、特許発明の本質的部分を備えながら、その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを、特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は、特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると、社会一般の発明への意欲が減殺され、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって、上記に述べた状況等に照らすと、出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない」、「もっとも、このような場合であっても、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における『特段の事情』に当たるものといえる。なぜなら、上記のような場合には、特許権者の側において、特許請求の範囲を記載する際に、当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの、すなわち、当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ、そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから、特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは、禁反言の法理に照らして許されないからである」、「控訴人らは、・・・・訂正発明の出願人は、特許請求の範囲を記載するに際し、トランス体のビタミンD構造を対象としないことを明瞭かつ客観的に意識して出発物質を決定し、積極的にトランス体のビタミンD構造を除外するという意識的な選択をしたものであり、したがって、本件においては、ボールスプライン事件最判がいう『特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情』があり、また、同判決が均等論を認める根拠として示す『あらゆる侵害態様を予測して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難』という、特許権者を特に保護すべき事情は存在しないなどと主張する。しかし、・・・・訂正明細書中には、訂正発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とした発明を記載しているとみることができる記載はなく・・・・、その他、出願人が、本件特許の出願時に、トランス体のビタミンD構造を、訂正発明の出発物質として、シス体のビタミンD構造に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認めるに足りる証拠はないから、控訴人らの主張は理由がないというべきである」、「控訴人らは、出願人が、出発物質のZとしてトランス体のビタミンD構造を含めることに何らの困難もなかったと主張する。しかし、出願時に、特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができる場合であっても、そのことのみでは、当該他の構成を意識的に除外したなどの特段の事情があるとはいえないことは前記・・・・のとおりである。したがって、控訴人らの主張は理由がない」、「本件においては、出願人が訂正明細書において訂正発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とする発明を記載しているとみることはできず、出願人が出願時に訂正発明の出発物質に代替するものとしてトランス体のビタミンD構造を認識していたものと客観的、外形的にみて認められないから、出願人が特許請求の範囲に『Z』をトランス体のビタミンD構造とする構成を記載しなかったことが、第5要件における『特段の事情』に当たるものということはできない」と述べている。 |