知財高裁(平成28年3月28日)“移動局として構成された通信網の作動方法事件”は、「特許法105条1項の書類提出命令の発令のためには、証拠調べの必要性があり、かつ、提出を拒む正当な理由のないことが必要である」、「書類提出命令の必要性に関する判断は、民訴法181条1項に基づくものであるところ、特許訴訟における『侵害行為を立証するため』の書類提出命令については、目的物が相手方の支配下にあり、これを入手する途がない場合や、方法発明において物に当該方法についての痕跡が残らない場合など、その必要性が高い場面が少なくない一方、この種の訴訟は、競業する当事者間で争いとなることも多く、また、立証すべき主題が営業秘密に直結するものが多いため、当該情報にアクセスすること自体を目的とする濫用的な申立てや、確たる証拠に基づかない探索的な申立てに対し、応訴を強いられる相手方の不利益も大きい。そこで、濫用的・探索的申立てを防止する観点から、通常、書類提出命令を求める権利者の側に、侵害行為に対する合理的疑いが一応認められることの疎明を求めるべきものであるところ、書類提出命令自体が、侵害行為について主張立証責任を負う者がその立証のために必要な証拠収集手段として用いられるものであることからすれば、書類提出命令の発令に関しては、当該訴訟の要証事実である侵害行為自体の疎明を求めるものではなく、濫用的・探索的申立ての疑いが払拭される程度に、侵害行為の存在について合理的な疑いを生じたことが疎明されれば足りるものと解され、その疎明の程度は、当該文書を取り調べる必要性の有無・程度、当該事項の立証の難易の程度、代替証拠の有無、他の立証の状況等の様々な事情を勘案し、当該事案ごとに判断されるべきであると解される」、「正当理由の有無は、開示することにより文書の所持者が受けるべき不利益(秘密としての保護の程度)と、文書が提出されないことにより書類提出命令の申立人が受ける不利益(証拠としての必要性)とを比較衡量して判断されるべきものである。この比較衡量においては、当該文書によって、申立人の特許発明と異なる構成を相手方が用いていることが明らかとなる場合には、保護されるべき営業秘密の程度は相対的に高くなる一方、申立人の特許発明の技術的範囲に属する構成を相手方が用いていることが明らかになる場合には、営業秘密の保護の程度は、相対的に低くなると考えられることから、侵害行為を立証し得る証拠としての有用性の程度が考慮されるべきである。また、秘密としての保護の程度の判断には、営業秘密の内容、性質、開示により予想される不利益の程度に加えて、秘密保持命令(特許法105条の4以下)の発令の有無及び発令の対象範囲並びに秘密保持契約等の締結の有無、合意当事者の範囲、その実効性等を考慮に入れるべきものである。そこで、裁判所としては、以下のとおり、インカメラ審理(サイト注:特許法105条2項)を採用し、正当事由の有無を検討した。具体的には、本件各文書のうち、正当理由の判断における秘密保護の必要性と証拠としての必要性との比較衡量についての裁判所における判断の難易度及び営業秘密性の程度、相手方の負担の程度や開示自体の難易等を勘案し、インカメラ審理の必要があると判断した一部の書類(具体的には、本件文書@、A及び、CのうちAC−to−ASCマッピング及びNの値についての設定条件について記載した技術仕様書等の技術条件が記載された書類)について、特許法105条2項に基づく書類提示の決定を行い、被控訴人の訴訟代理人及び従業員の立会いの下、その提示を受けた。その結果、当該内容について被控訴人の営業秘密に該当することは確認できたが、一方、原告方法等におけるアクセス制御に係る部分の開示により、侵害行為を立証すべき証拠としての有用性を基礎付ける記載は見当たらないことから、当事者間に秘密保持契約が締結されていることを考慮しても、秘密としての保護の程度が証拠としての必要性を上回るものであると判断した。なお、開示を受けた文書のうち、本件文書CのAC−to−ASCマッピングの設定条件に係る文書については、その一部について、被控訴人が既に準備書面で主張済みの情報であり、新たに開示する秘密情報を含まない形での提出が可能であると考えられたことから、裁判所において被控訴人に任意の提出を促し、秘密該当部分を墨塗りの上、被控訴人から『Access Service Class についての整理』と題する製造メーカに提出した仕様書(甲27)として提出された」、「本件文書D及びEのソースコードに関しては、高い営業秘密性を有しており、その提出を命じ、控訴人に解析をさせることは、被控訴人にとって不利益が大きいことが明らかである。また、本件文書Bは、被控訴人において実際に使用されるマニュアルであって、その内容の性質上、営業秘密性が認められるところ、証拠としての必要性の程度が口頭弁論終結時においてこれを上回ると認めることはできない。上記各文書については、インカメラ審理を経たものではないが、証拠調べの必要性判断は、証拠の採否判断として、裁判所の裁量に委ねられ(民訴法181条)、これは訴訟の進行に応じて心証を形成しつつ行われるものであり、後に提出された甲27の内容も考慮に入れると、口頭弁論終結時において、インカメラ審理を経るまでもなく、上記比較衡量の結果、優に正当理由が認められると判断した」、「以上によれば、本件申立てのうち、本件文書@ないしB、上記のCの一部(書類提示を求めた部分)、D及びEに係る部分は、被控訴人においてその提出を拒むことについて『正当理由』があると認められ、本件文書Cの残部は証拠調べの必要性がない。したがって、本件申立てには理由がなく、口頭弁論終結期日においてこれを却下したものである」と述べている。 |