東京地裁(平成28年3月30日)“オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤事件”は、「特許権者が研究開発に要した費用を回収することができるようにするとともに、研究開発のためのインセンティブを高めるという目的で、特許期間の延長を認めることとした特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると、侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった『(当該用途に使用される)物』の範囲をわずかでも外れれば、存続期間が延長された特許権の効力がもはや及ばないと解するべきではなく、当該政令処分の対象となった『(当該用途に使用される)物』と相違する点がある対象物件であっても、当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は、当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないと認められるなど、当該対象物件が当該政令処分の対象となった『(当該用途に使用される)物』の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下『実質同一物』ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的であり、特許権の本来の存続期間の満了を待って特許発明を実施しようとしていた第三者は、そのことを予期すべきであるといえる。なお、上記のように解すると、政令処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲よりも、存続期間が延長された特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲が広いことになるが、上述した意味での均等物や実質同一物についての実施行為の範囲にとどまる限り、第三者の利益が不当に害されることはないというべきである」、「医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売承認を受けることによって可能となる(禁止が解除される)のは、その審査事項である医薬品の『名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項』(医薬品医療機器等法14条2項三号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解されるとしても、前記・・・・のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると、上記審査事項の全てではなく、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項(医薬品の成分の発明の場合は、『成分、分量、用法、用量、効能、効果』である[平成27年最判参照]。)の範囲で、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった『当該用途に使用される物』(『物』及び『用途』)を特定することが相当というべきである。そして、上記審査事項のうち、『名称』は、医薬品としての実質的同一性を左右するものではなく、また、『副作用その他の品質、有効性及び安全性』は、医薬品としての実質的な同一性があれば、これらの事項もまた同一となる性質のものであって、いずれも『物』及び『用途』を特定するための独立の事項とする必要性はないのに対し、『成分、分量』は、『物』それ自体としての客観的同一性を左右するものであるところ、『用途』に該当し得る性質のものではないから、『物』を特定するための事項とみるべきであり、他方、『用法、用量、効能、効果』は、『物』それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが、『用途』に該当し得る性質のものであるから、『用途』を特定するための事項とみるべきである。したがって、医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、『物』に係るものとして、『成分(有効成分に限らない。)及び分量』によって特定され、かつ、『用途』に係るものとして、『効能、効果』及び『用法、用量』によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし、延長登録制度の立法趣旨に照らして、『当該用途に使用される物』の均等物や『当該用途に使用される物』の実質同一物が含まれることは、前示のとおりである」、「本件発明は、『オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤』に関する発明であり、医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって、原告は、その実施として、『オキサリプラチン』と『注射用水』のみを含み、それ以外の成分を含まないとするエルプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けたものである。これに対し、・・・・被告各製品は、『オキサリプラチン』と『水』又は『注射用水』のほか、有効成分以外の成分として、『オキサリプラチン』と等量の『濃グリセリン』を含有するもので、オキサリプラチンを水に溶解したもの(以下、『オキサリプラチン』と『水』又は『注射用水』以外の成分の有無を問わず、『オキサリプラチン水溶液』という。)にグリセリンを加えたのは、オキサリプラチン水溶液の保存中に、オキサリプラチンの分解が徐々に進行し、類縁物質であるジアクオDACHプラチンやその二量体であるジアクオDACHプラチン二量体を主とした種々の不純物が生成するため、オキサリプラチンの自然分解自体を抑制するということを目的としたものであることが認められる。これを、本件発明との関係でみると、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる・・・・。そうすると、被告各製品は、『オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤』に関する発明であって、医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では、本件各処分の対象となった物とは有効成分以外の成分が異なる物であり、当該成分の相違は、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、本件発明との関係では、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず、新たな効果を奏するものというべきである。したがって、『分量、用法、用量、効能、効果』について検討するまでもなく、被告各製品は、本件各処分の対象となった『当該用途に使用される物』の均等物ないし実質同一物に該当するということはできない」、「したがって、存続期間が延長された本件特許権の効力は、被告による被告各製品の生産等には及ばないものというべきである」と述べている。 |