知財高裁(平成8年89日)“放射能で汚染された表面の除染方法事件本件公報に接した当業者であれば、請求項1の『燐酸』という記載が『ホスホン酸』の誤訳であることに気付いて、請求項1の『燐酸』という記載を『ホスホン酸』の趣旨に理解することが当然であるといえるかを検討すると、・・・・請求項1の『燐酸』という記載は、それ自体明瞭であり、技術的見地を踏まえても『ホスホン酸』の誤訳であることを窺わせるような不自然な点は見当たらないし、・・・・本件訂正前の明細書において『燐酸』又は『リン酸』という記載は1か所にものぼる上、請求項1の第2の処理溶液の作用成分を形成するアニオン界面活性剤としてスルホン酸、カルボン酸と並んで『燐酸』を選択し、その最適な実施形態を確認するための4つの比較実験において、燐酸や燐酸基が使用されたことが一貫して記載されている。そうすると、化学式の記載が万国共通であり、その転記の誤りはあり得ても誤訳が生じる可能性はないことを考慮しても、本件公報に接した当業者であれば、請求項1の『燐酸』という記載が『ホスホン酸』の誤訳であることに気付いて、請求項1の『燐酸』という記載を『ホスホン酸』の趣旨に理解することが当然であるということはできない。以上によれば、本件訂正事項(燐→ホスホン酸)を訂正することは、本件公報に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する当業者その他不特定多数の一般第三者の利益を害することになるものであって、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、126条6項により許されない」、原告は、・・・・本件公報に接した当業者は『燐酸(又はリン酸』と『ホスホン酸』のいずれかが誤りであることを予測することができたとした上で、原文明細書等を参照すれば、ホスホン酸を示す記載はあるが、燐酸を示す記載はないから、当業者は、訂正前の『燐酸(又はリン酸』が『ホスホン酸』の誤訳であることを認識することができた旨主張する。しかしながら、126条6項の要件適合性の判断に当たり、原文明細書等の記載を参酌することはできないから、原告の主張は採用できない。すなわち、同項は、第三者に不測の不利益が生じることを防止する観点から、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれるという事態が生じないことを担保するために、訂正後の特許請求の範囲が訂正前の特許請求の範囲を実質上拡張又は変更したものとなることを禁止したものである。そして、特許権が設定登録により発生すると、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容が特許公報に掲載されて、第三者に公示され(6条1項、3項、9条の2、第三者が利害関係を有する特許権の禁止権の範囲である特許発明の技術的範囲は、この願書に添付した特許請求の範囲に基づいて定められ、その用語の意義はこの願書に添付した明細書及び図面を考慮して解釈するものとされている(0条1項、2項。ところで、本件特許のような外国語特許出願においては、出願人は、翻訳文明細書等及び要約の日本語による翻訳文を提出しなければならないとされており(184条の4第1項、翻訳文明細書等及び国際出願日における図面(図面の中の説明を除く(以下『国際出願図面』という)が6条2項の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面とみなされる(184条の6第2項。このように、本件特許のような外国語特許出願においては、特許発明の技術的範囲は、翻訳文明細書等及び国際出願図面を参酌して定められ、原文明細書等は参酌されないから、126条6項の要件適合性の判断に当たっても、翻訳文明細書等及び国際出願図面を基礎に行うべきであり、原文明細書等を参酌することはできないというべきである。原告の主張するように、同項の要件適合性の判断に当たり原文明細書等を参酌することができると解した場合には、誤訳の訂正の許否は原文明細書等を参酌しないと決することができないことになるから、訂正審決の遡及効(128条)を受ける第三者としては、我が国の特許庁によって公開されるものではなく、外国語により記載された原文明細書等を、翻訳費用や誤訳の危険を自ら負担して参照することを余儀なくされることになるが、このような解釈が第三者に過度の負担を課すものであって不当であることは明らかである」、「これに対して、原告は、原文明細書等は126条1項号の要件適合性の判断に使用される資料であり、同条1項と同条6項の条文の配置からすると、同条6項は訂正目的に応じて判断基準が異なることを当然の前提としており、原文明細書等を同項の要件適合性の判断に使用することができる旨主張する。しかしながら、同条1項号の要件適合性と同条6項の要件適合性とは別個の訂正要件についての判断であるから、その要件適合性の判断に当たり参酌できる資料の範囲についてもそれぞれの訂正要件の目的に応じた解釈がされるべきものであり、同条1項号の要件適合性の判断に当たり参酌できる資料であることは同条6項の要件適合性の判断に当たり参酌できることを基礎付けるものではない。そして、同条6項の要件適合性の判断に当たっては、同項の趣旨に照らし、原文明細書等を参酌することができないことは既に説示したとおりである。また、原告は、第三者が無効審判請求において原文明細書等を証拠とできることとの均衡や証拠共通の原則、あるいは、審査段階で審査官が記載の不備を発見して拒絶理由通知をした場合との均衡などを主張する。しかしながら、特許権者は自らの責任において誤訳を含む翻訳文明細書等を提出し、その後も誤訳の訂正を目的とする補正を行う機会が与えられていたにもかかわらず、その機会を活かすことなく、誤訳を含んだまま設定登録を受けて、特許権を発生させたのであるから、特許公報に掲載された願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容に基づいて特許発明の技術的範囲を認識する第三者の信頼を保護するために、特許権者が一定の不利益を被ることがあったとしてもやむを得ないものというべきである。原告主張の各事情は、第三者に不測の不利益が生じることを防止することを目的とする126条6項の『特許請求の範囲』を判断するに当たり、第三者が原文明細書等を参酌しないにもかかわらず、これを参酌できるものとする根拠とはならない」、「原告は、外国語特許出願に係る特許について誤訳の訂正を目的として特許の訂正をする場合、発明特定事項は変更されるのが通常であるから、発明特定事項を変更することが直ちに実質上特許請求の範囲を変更することに当たるものではないし、発明特定事項を変更するものであることを理由に特許請求の範囲を実質的に変更するものであるという審決の判断は、126条1項2号、184条の9を無意味にするものであると主張する。しかしながら、審決は、原告の・・・・意見書の主張に対する判断の中で『訂正前の明細書には『−P』基と同時に『燐酸』基の記載もされており『燐酸』基の化学式は、上記ホスホン酸基『−P』と類似している−Pであるため、どちらの記載が正しいか決められるものでなく、訂正前の明細書の記載から、当業者が、訂正前の特許請求の範囲における『燐酸』が正しくは『ホスホン酸』と記載されるべきものであると理解し得るとはいえない。また、上述のように、訂正前の明細書においては『燐酸』基と『−P』基の記載が混在している状況で、訂正前の特許請求の範囲には『燐酸』と記載されていることから、特許請求の範囲に記載された『燐酸』が正しいと第三者が理解することが通常であるといえる。すると、訂正前の特許請求の範囲の記載を『燐酸』から『ホスホン酸』に訂正することは、第三者の通常の理解とは異なるものとなるから、訂正によって第三者への不利益が生じることは明らかである』と説示するように、訂正前の特許請求の範囲に記載された『燐酸』と訂正後の『ホスホン酸』という記載とを形式的に比較して判断したものではなく、訂正前の特許請求の範囲に記載された『燐酸』が当業者(第三者)に『ホスホン酸』と理解され、訂正の前後を通じて特許請求の範囲に変更がないといえるか否かを実質的に検討していることが明らかである。したがって、審決は、発明特定事項についての誤訳の訂正であることから直ちに実質上特許請求の範囲を変更することに当たるものと判断したものではない。上記のように訂正の前後を通じて特許請求の範囲に変更がないといえるか否かを実質的に検討する審決の判断が、126条1項2号や184条の9の存在意義を失わせるものでないことは明らかであり、原告の主張は失当である」、「以上によれば、本件訂正事項(燐→ホスホン酸)は、特許請求の範囲を実質的に変更するものであって、126条6項に規定する要件に違反するものであるとして、本件訂正は認められないと判断した審決に誤りはない」と述べている。

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