東京地裁(平成9年月6日)“抗ウイルス剤事件医薬の用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある」、「本件についてこれをみるに、本件発明1では、式(I)のが−NHCO−(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ、そのようなを有する化合物で本件明細書に記載されているものは『化合物C−1』・・・・のみである。そして、本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ『化合物C−1』がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては、当事者間に争いがない。したがって、本件明細書の記載は、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり、・・・・本件出願・・・・当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても、本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない」、「原告は、本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの、本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており、特に『化合物C−1』の化学構造の一部が異なるにすぎない『化合物C−6』・・・・のデータが存在することを指摘する。しかし、一般に、化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても、特定の性質や物性が全く類似していない場合があり、この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって・・・・、このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。この点、原告は『化合物C−1』と『化合物C−6』の構造は非常に類似しており、両者の差異は『化合物C−1』のがアミド型置換基であるのに対し『化合物C−6』のが非置換の窒素原子を含む芳香族複素環である点のみである上『化合物C−1』のアミドと『化合物C−6』の芳香族複素環(具体的には、1、3、4−オキサジアゾール)は、いずれも配位子として機能することが知られ、また、アミドと1、3、4−オキサジアゾールは、バイオアイソスターとして相互に置換可能であることも本件優先日当時の技術常識であったのであるから、当業者であれば『化合物C−1』は『化合物C−6』と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると理解すると主張する。しかし『化合物C−1』のアミドと『化合物C−6』の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ、また、一般的にアミドと1、3、4−オキサジアゾールは、バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても、インテグラーゼ阻害剤において、のアミドと1、3、4−オキサジアゾールが配位子として機能し、それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって、・・・・前記のとおり、インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても、特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや、本件出願当時は、末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと、本件特許化合物が有するアミド中の−NH−の部分 は、水素結合可能な基であることなどを考慮すると『化合物C−1』 が『化合物C−6』と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには『化合物C−1』の薬理データが必要であるというべきである」と述べている。

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