東京地裁(平成9年37日)“酢酸ビニル系重合体の製法事件「従業者が職務発明について使用者に特許を受ける権利を承継させたときの相当の対価の額・・・・を検討するに当たっては、従業者から使用者への当該特許を受ける権利の承継があった場合となかった場合とを比較し、前者の場合の売上げ(利益)が後者の場合の売上げ(利益)を超過する分を相当の対価の額に反映させるべきであると考えられる。前者の場合とは、現に本件でそうであったように特許を受ける権利の承継があった場合であり、使用者は、その特許発明を独占的に実施できるところ、本件のように使用者が現実に自己実施している場合はそれによる売上げを考えることになる。これに対し、後者の場合は、仮に特許を受ける権利の承継がなかった場合を想定するものであるが、この場合、使用者は、法定通常実施権を有するのみで、その特許発明を独占することはできず、発明者である従業者が、使用者と競合する企業に特許発明の実施を許諾する可能性があるところ、競合企業が当該従業者から許諾を受けて特許発明を実施すれば、使用者にとっては、前者の場合に比べて市場占有率が減退し売上げが減少する可能性がある。もっとも、当該特許技術について、代替技術が存在し、かつ、売上げ等への貢献という点で前者の後者に対する優位性がない場合には、競合企業は、当該特許技術を使用することなく、当該代替技術によって競合製品を製造販売する可能性が大きいといえる。競合企業が、従前から代替技術によって競合製品を製造販売しており、技術的な優位性の観点から当該特許発明の実施許諾を受ける必要性がないときは、特許を受ける権利の承継があった場合となかった場合とで、使用者が特許発明を実施し競合企業が代替技術を使用するという状況に変わりはなく、市場占有率が変わらない可能性が高いから、前記の超過分は小さい(超過売上率は低い)ということになる」、「被告の競合企業たる日本合成は、本件特許1等の出願の0年以上前から代替技術によって競合製品を製造販売しており、かつ、それで足りていたものであり、売上げ等への貢献という点で本件発明1等の●(省略)●に対する優位性は乏しく、●(省略)●が本件発明1等の実施許諾を受けてこれを使用する必要性は乏しかったといわざるを得ない。また、・・・●(省略)●以外の競合企業が本件特許1等の実施許諾を受けてそれにより競合製品を製造販売するようになる可能性も低かったものである。なお、・・・●(省略)●がクロスライセンス交渉において実施許諾を希望する特許として本件特許1を提示したこと自体は考慮することができるとしても、・・・・本件特許1は●(省略)●にとって●(省略)●の周辺技術に関する牽制特許とみられ得るものであり、●(省略)●は、特許権を行使されるリスクを無くすとともに、単に自社にとっての選択肢を増やすために、上記の提示をしたにすぎない可能性が高いから、上記はさほど大きな事情とはならない。以上の諸事情を勘案し、弁論の全趣旨と総合すると、本件特許1を含む被告製品に関する特許群に係る超過売上率は、0%と認めることが相当である」、「社団法人発明協会発行の『実施料率[第5版・・・・によると、有機化学製品分野の実施料率は、平成4年度から平成0年度までのイニシャル・ペイメント無しで、最頻値3%、中央値4%、平均値5.5%であると認められる。・・・・本件特許1等が被告の保有する多数の改良特許の一部にすぎないこと・・・・などに照らすと、・・・・上記最頻値である『3%』が相当である」、「被告が平成5年時点で保有し、かつ被告製品に関して実施していた特許は●(省略)●件あるところ、本件特許1等は、被告製品の基本性能や特性を左右するようなものではなく、細かい付加的な品質向上に関するものであり、上記●(省略)●件の特許の中には、増産を目的とする特許など、売上げ増加への寄与度がより高い特許も幾つか存在する。なお、被告の実績補償審査委員会から平成4年7月4日付けで原告宛てに送付された『クロスライセンス特許に関する件』と題する文書・・・・の中には『EVOHの製品関係特許群の中においても、本件特許1はその重要性から高い評価がなされ、その評価に相応の補償金が配分されておりました』との記載部分がある。しかしながら、・・・・これは、本件発明1に対する実績補償金の評価の妥当性に関する原被告間のやりとりの中で、被告が原告に向けて記述した説得の文言であるところ、上記記載部分に続いて『また、クロスライセンス対象であることは上記評価の際に考慮されており、本件特許1に関する実績補償の評価に不適切な点は認められませんでした』と記載されていることが認められる。そうすると、被告が、上記記載部分について『それまでの原被告間のやりとりにおいて、原告が本件特許1の被告内における評価を非常に気にしていたことから、原告を無用に刺激しないように配慮したことによるものにすぎない』と説明していることもあながち不自然とはいえないし、また、仮にそうでなくても、上記記載部分は、本件特許1について、必ずしも自己実施による被告の利益増大に寄与したという意味で『重要』と評したものとは限らず、むしろ、・・・●(省略)●から実施許諾を希望されてクロスライセンス対象となった(サイト注:実施の事実は認定されていない)ことから本件クロスライセンス契約の締結に寄与したという点で『重要』と表現した可能性も存する。そして、本件訴訟において審理した結果、客観的には、本件特許1等の自己実施が売上げ(利益)の増加に結び付いたとはいい難い・・・・事情などが具体的に認められる一方、特許群の中で特に本件特許1等が被告の自己実施による売上げ(利益)増大に寄与したという点で重要であるとする具体的な根拠を認めるに足りる証拠はない。以上を勘案すると、被告製品に関する特許群の中での本件特許1の寄与率は、●(省略)●%(≒1/●(省略)●)と認めることが相当である」、「本件発明1に係る自己実施分の独占の利益の額は、346万8384円である(期間売上高●(省略)●円×超過売上率0.1×仮想実施料率0.3×特許寄与率●(省略)●=346万8384円」と述べている。

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