大阪地裁(平成0年)“デプシペプチド誘導体事件P4(サイト注:発明者でない補助者)が平成2年5月に作成した研究報告書・・・・に照らせば、遅くとも平成2年2月の時点では特薬研究所における研究テーマとして動物用駆虫薬の研究開発が決定されていたと認められる。そして、この当時に駆虫薬開発の有望な見通しが得られていたわけではないから、開発失敗の経済的リスクはひとえに藤沢薬品が負っていたというべきところ、そのような会社ないし特薬研究所における方針又は研究環境の下で、創薬チームのリーダーであった原告は、少なくともそのころから、駆虫薬の研究開発に専念できる役割と環境が与えられ、会社の予算によって整備等された研究設備等を使用して、自らは開発失敗の経済的リスクを負うことなく駆虫薬の研究開発を行うことができたと認められる。そして、このような環境がなければ、原告が、明治製菓等に先んじて、本件化合物に係る発明を完成させることはなかったと認められるから、以上のことは、使用者の貢献として相当程度大きく評価すべきである」、「被告は、P4がスクリーニング評価系を構築したことなど評価系の構築をしたことを使用者貢献として主張し・・・・ている。・・・・これに対し、原告は、・・・・P4は原告の指示の下、合成された化合物の薬理活性を測定したにすぎないと主張している。この点については、被告も主張するとおり、駆虫薬の研究開発に当たって、合成した化合物の駆虫活性(薬効)を評価することは必要不可欠なものであり、これ以外の評価系は藤沢薬品にはなかったのであるし、他社の評価系・・・・がその手順の詳細まで知られていたと認めるに足りる証拠もないから、藤沢薬品の開発方針に基づいてP4がこれを構築・改良したことは、使用者貢献として評価すべきである。そして、・・・・上記評価系の構築・改良が本件特許権の設定登録にも一定程度寄与したと認められる。・・・・なお、原告はP4に対して評価系や投薬量を指示していたと陳述している・・・・が、・・・・一般的な指示にとどまっているといわざるを得ないから、・・・・原告の貢献度が上がる(使用者貢献度が低下する)ことはないというべきである」、「原告が早期にPF1022Aに着目し、原告らが平成3年6月の段階で他社に先んじてPF1022Aを全合成し、その駆虫活性の高さを確認したことは、早期にその誘導体の合成研究に入り、他社に先んじて本件化合物に係る発明を完成させ、藤沢薬品による本件特許の出願を実現するに当たり、極めて重要な経緯であったと認められ、これは本件特許の発明者貢献として大きく考慮すべきである。他方、そもそも原告が明治製菓の欧州特許出願に着目し、本件記事とPF1022Aとを結び付け、これを全合成しようとしたことを可能にしたのは、藤沢薬品の研究環境の整備によるものといえ、その限度で使用者貢献を認めるべきである」、「有望なシード化合物が見付かった場合の合成研究による開発方針は、一般に、その化合物の構成部位を省略するなどして効能に影響を与える部位を探索し、有望な結果が出た化合物についてさらに有効な修飾部位を探索していくというもので、そのために多数の誘導体の合成と評価を繰り返すという作業であって・・・・、本件で原告が立案した合成計画もそのような一般的な手法に基づくものである。PF1022Aの誘導体の合成に着手してから約1年で本件化合物にたどり着いたことは、原告ら本件発明の発明者の貢献ではあるが、1年もの間、確たる見通しも持てないまま多数の合成と評価を繰り返すことが可能であったことは、藤沢薬品の貢献として・・・・大きく評価すべきである。また、誘導体の合成にはある程度の時間を要するから、1人で研究を進めるのは無理がある。この点は、原告もP2(サイト注:共同発明者)について『有機合成に関する知識・経験があり、有機金属化学の分野では私以上の知識を有してい』た『自ら合成方法を考え合成する能力があ』った・・・・とか、グリニャール反応の実験手法は難しく『P2氏だから合成できたであろうという側面があることは否定でき」ない・・・・と陳述しているように、原告が経験や知識等の異なる従業員と協働して研究することによるメリットもあったと認められる。そうすると、原告がP2らとともに新規駆虫薬の研究開発を行うことができるような環境を整備したことも、使用者である藤沢薬品の貢献として同様に評価すべきである。ただし、・・・・以上の限度で使用者貢献として評価するのが相当であり、それを超えたP2の貢献については、発明者間貢献の問題として評価するのが相当である」、「被告は、藤沢薬品が本件発明後に実験等を実施したこと及びバイエルとの協議・検討を経て、本件ライセンス契約の締結に至ったことを使用者貢献として高く評価すべきなどと主張している。これに対し、原告はバイエルに本件化合物に係る発明を実施許諾したことを藤沢薬品の貢献と認めつつも、その権利主張が最大限認められる形で本件ライセンス契約が締結されたのは、バイエルが本件化合物に係る発明の価値を高く評価していたからであるなどと主張している。・・・・バイエルが、本件ライセンス契約に向けた藤沢薬品との協議が開始された当初から、本件化合物に特に注目していたことなどからして、・・・・本件発明の価値自体が本件ライセンス契約を締結する原動力となったことは正に原告が主張するとおりである。・・・・しかし、・・・・藤沢薬品がバイエルとの間で本件ライセンス契約を締結することができたことが当然のことであるとはいえず、まして本件発明の特許を受ける権利の承継時点で自明のことであったともいえない。本件化合物の駆虫活性が高いことは発明時点で判明していたことではあるが、駆虫薬は動物用医薬品であり、ある化合物を製剤化するかどうかを見極めるには、有効性だけでなく、安全性等も検証する必要がある・・・・から、本件化合物による利益の現実化が当初から保証されていたわけではない。・・・・藤沢薬品では、平成5年以降、本件化合物の拡大評価が実施され、特薬研究所で様々な評価試験等が行われただけでなく、一部の評価試験については外部機関に委託して行われ、このような実験等は本件ライセンス契約が締結される前後まで行われていた。・・・・さらに、藤沢薬品では、本件化合物の工業的スケールでの全合成法の開発や発酵法の研究も行っていた。これらはいずれも本件化合物の製剤化に向けてされたものであり、本件化合物の駆虫活性の範囲や、その製剤化の可能性等を見極めるために必要なものであったと認められ、藤沢薬品が本件化合物を対象としてバイエルらとライセンス契約締結に向けた協議をするかどうかの判断をするに当たって有益であったばかりでなく、バイエルに対してその実験データ等が提供され、バイエルとの協議・検討においても一定の意義があった・・・・(ただし、・・・・藤沢薬品が提供し、又は提供すると約した実験データ等の本件ノウハウが本件ライセンス契約の締結や、バイエル製品の製造販売等に寄与した割合は小さく、限定的なものとみざるを得ない。)。そして、本件では、藤沢薬品は結果的に自社実施を断念し、その一方で世界的な製薬会社であるバイエル・・・・とライセンス契約を締結でき、そのバイエルが世界各国でバイエル製品を販売したから、藤沢薬品や被告が・・・・多額のライセンス料(一時金)やロイヤルティの支払を受けられたわけであるが、そのような状況に至るまでには、明治製菓やバイエルの特許権を始めとする彼我の強みと弱みやそれに基づく思惑の分析、それらに基づく交渉方針の検討、●(省略)●とのハイレベルでの協議、藤沢薬品の担当者とバイエルの担当者との人的関係に基づく交渉、●(省略)●の動向の把握など、特薬研究所に限らず、藤沢薬品の関係部署の資源を投入していた。これらに要した時間や経費を的確に認定することはできない・・・・が、藤沢薬品が世界的な製薬会社であるバイエルとの間で、本件ライセンス契約の締結にこぎつけるに当たっては、相当な努力と経費・リスク負担等があったということができる。以上のことを総合すると、藤沢薬品が平成5年以降、実験等を実施したことや、本件ライセンス契約の締結に向けた協議・検討をしたこと等を、使用者貢献として軽視することはできない」、「以上検討した原告ら本件発明の発明者の着眼やひらめき、努力等、本件発明、特に本件化合物に係る発明の価値、藤沢薬品による研究環境の整備やそれに伴う負担等、本件ライセンス契約の締結に向けた藤沢薬品の努力や負担等、本件において藤沢薬品が負担した研究開発や事業化のリスクその他の事情を考慮すると、使用者貢献割合は2.5%(発明者貢献割合は7.5%)と認めるのが相当である」と述べている。

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