大阪地裁(平成1年2)“稚魚を原料とするちりめんの製造法事件「本件契約には、被告の実施義務を定めた条項は設けられておらず、被告が本件特許の実施に努めることさえも規定されていない。もっとも、本件契約は専用実施権設定契約であり、被告は本件契約に基づき本件特許の専用実施権を取得し、本件特許を独占的に実施し得る地位を獲得するのに対し、原告は本件契約を締結することによって、本件特許を実施することや他の者に実施許諾することができないにもかかわらず、特許維持費用の支払義務は負うという立場に立つことになる。また、本件契約では、イニシャルペイメントが『0円』と明記され、またランニング実施料の金額も、実施の有無にかかわらず一定額が支払われる条項とはされず、被告が販売した本件特許権に基づく製品の販売価格に所定の割合(2ないし5%)を乗じた額とするにとどめられていたから、原告は、被告が本件特許を実施しないことには、実施料の支払を全く受けられないことになる。本件契約の当事者である原告と被告が置かれる以上のような状況を踏まえると、専用実施権者である被告は、本件特許の実施が可能であるのに、それを殊更に実施しないとか、その実施に向けた努力を怠るなどということは許されず、信義則に基づき、本件特許を実施する義務を一定の限度で負うと解すべきである。もっとも、上述したように、本件契約では被告の実施義務に関係する条項は何ら設けられず、またランニング実施料の金額も販売価格に一定割合を乗じた額とするにとどめられており、被告としては製品が販売できた場合にのみ実施料の支払負担が発生するにとどまるというリスク負担を前提に本件契約を締結したものであるから、本件特許を実施した製品を製造販売するための努力の程度について被告に過大な義務を負わせることは相当でない。また、被告は本件特許の製造法によって製造したしらすを製造販売することによって本件特許を実施することになるが、本件特許は解凍後真空包装し、加圧加熱処理することをも構成として含むものであり、被告はそれを行うための機械を有していなかったから、そのための準備期間が不可避的に生ずるし、結果的に、商品が消費者に十分受け入れられず、思うように商品が販売できないなどという事態も生じ得る。以上のような本件の事情を考慮すると、被告が本件特許の実施義務を負うといっても、本件特許を実施するために必要な事項等を踏まえつつ、その時々の状況を踏まえ、特許の実施に向けた合理的な努力を尽くすことで足りると解するのが相当である」、「上記のような観点から、被告が本件特許の実施のための努力を怠ったといえるかを検討すると、・・・・被告は、平成6年3月8日に本件契約を締結した後、速やかに、自社ではできないパック詰め作業を委託する業者を探して、同年5月2日までにはその目途をつけた後、パッケージ等の製造や、そのデザインを別の業者に依頼し、同年0月末までにその目途をつけて、製造の準備をほぼ整えたと認められる。また、被告は、以上のような製造に向けた準備と同時並行で、元々取引のあった愛媛県内のスーパーやデパートに本件特許の製造法によって製造したしらすの販売を持ちかけたり、P4(サイト注:百貨店取次商社であるSmile Circle株式会社の担当者)に対してその販売の取次を依頼したりし、幅広く本件特許の製造法により製造したしらすを販売するための交渉等を進めたが、成果は芳しくなく、その後、同年2月までには『婦人画報』への掲載が決まり、平成7年3月には商品の製造を開始し、同年4月頃に販売された『婦人画報』に『オレの惚れたしらす丼セット』が掲載され、実際にその販売が開始されるに至ったのである。以上のように、被告は、本件契約の締結後、本件特許の実施に向けた準備を進め、実際に、実施にこぎつけたと認めることができる」、「もっとも、本件契約の締結から商品の製造や販売開始まで1年程度要していることから、被告が前記・・・・で判示した本件特許の実施のための努力を尽くしたといえるかを検討する」、「確かに、被告代表者自身も陳述書・・・・において『準備に思ったより時間が掛かりました』と述べているように、製造販売の準備行為に相当の時間を要しており、さらに早期に商品の製造や販売の準備を整えることができた可能性も否定はできない。しかし、被告は、パック詰め作業をする設備機械を保有していなかったのであるし、パッケージ等の製造も他の業者に委託しなければならなかったのであるから、製造準備を整えるまでに前記のような期間を要したことが、本件特許の実施を不当に遅延したとはいえない。また、前記認定の経過によれば、被告が実際に被告製品の製造を開始したのが平成27年3月となったのは、当初の地元のスーパーやデパートへの営業が販売価格の面で折り合わず、芳しくなかったが、同年4月頃に販売される『婦人画報』に『オレの惚れたしらす丼セット』が掲載され、それを見た消費者に対する販売が相当程度見込まれたからと推認される。そして、被告も営利企業として事業を営んでいる以上、ある程度まとまった販売が見込まれない段階で商品の製造を開始することは現実的ではないし、信義則上も被告にそれを強いることは相当とはいえないから、被告が結果として、ある程度まとまった販売が見込まれるに至った同年3月から商品の製造を開始したこと(それまでは本件特許の製造法によるしらすを製造しなかったこと)が、製造販売への努力を不当に怠ったということはできない。以上によれば、製造販売の準備行為に時間を要したことによって製造開始が遅れたとまで認めることはできないし、平成7年3月からの製造開始となったことが被告の努力が足りなかったことによるものと認めることもできない。また、製造販売を開始した後の販売状況も、決して順調とはいえないものではあるが、被告は、Smile Circle株式会社以外の取引先にも営業を行って少量ながら取引をしていることからすると、販路拡大のための努力を不当に怠っていたと認めることはできない」、「以上より、被告に実施義務の履行が不十分であるとの債務不履行があったと認めることはできないから、これを理由とする損害賠償請求は理由がない」と述べている。

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