大阪地裁(令和元年6)“発泡性アルコール組成物事件特許法102条3項は『特許権者・・・・は、故意又は過失により自己の特許権・・・・を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる』旨規定する。そうすると、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。ここで、特許法102条3項については『その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額』では侵害のし得になってしまうとして、平成0年法律第1号による改正により通常』の部分が削除された経緯がある。また、特許発明の実施許諾契約においては、技術的範囲への属否や当該特許の効力が明らかではない段階で、被許諾者が最低保証額を支払い、当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなど、様々な契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で、事前に実施料率が決定される。これに対し、特許権侵害訴訟で特許権侵害に当たるとされた場合、侵害者は、上記のような契約上の制約を負わない。これらの事情に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たって用いる実施に対し受けるべき料率は、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、むしろ、通常の実施料率に比べておのずと高額になるであろうことを考慮すべきである。したがって、特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率は、@当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、A当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、B当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、C特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである」、「『実施料率[第5版]』(社団法人発明協会研究センター編、平成5年発行。・・・・)によれば『医薬品・その他の化学製品(イニシャル無)の技術分野における平成4年度〜平成0年度の実施料率の平均値は7.1%であり、昭和3年度〜平成3年度に比較して上昇しているところ、その要因として『実施料率全体の契約件数は減少しているものの、8%以上の契約に限れば件数が増加しており、この結果、・・・・実施料率の平均値が高率にシフトしている。』、『この技術分野が他の技術分野と比較して実施料率が高率であることと、実施料率の高率へのシフト傾向は、医薬品が支配的であるが、これは近年医薬品の開発には莫大な費用が必要となってきており、また、代替が難しい技術が他の技術分野と比較して多いためであると考えられる』との分析が示されている。また、同時期の実施料率の最頻値は3%、中央値は5%であることも示されている。他方『平成1年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書〜知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握〜本編(株式会社帝国データバンク、平成2年3月作成。・・・・)によれば『健康;人命救助;娯楽』の技術分野における実施料率の平均は5.3%、最大値4.5%、最小値0.5%とされている。また『バイオ・製薬』の技術分野においては、平均6.0%、最大値2.5%、最小値0.5%とされている」、「被告各製品と本件各発明の実施品に加え、第三者の製品も、本件各発明の奏する作用効果・・・・と同趣旨と見られる効果を利点としてうたっていることなどに鑑みれば、泡状の手指消毒剤において本件各発明が持つ技術的価値は高いものと見られる。また、手指消毒剤の市場において、泡状の製品のシェアが徐々に高まっていることがうかがわれることに鑑みると、本件各発明の経済的価値も積極的に評価されるべきものといえる。もっとも、後者に関しては、ジェル状の製品のシェアはなお維持されているといってよいことに鑑みると、その評価は必ずしも高いものとまではいえない。実施料率の決定要因としては、当該特許発明の技術的価値よりも経済的価値の方がより影響力が強いと推察されることに鑑みると、このことは軽視し得ない」、「被告各製品は、・・・・いずれも比較的低価格である。反面、これを踏まえて被告各製品の売上高を見ると、その販売数量は多いといえるから、被告各製品はいわゆる量産品であり、利益率は必ずしも高くないと合理的に推認される。この点は、本件各発明を被告各製品に用いた場合の利益への貢献という観点から見ると、実施料率を低下させる要因といえる」、「上記・・・・の各事情を斟酌すると、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、本件での実施に対し受けるべき料率については、7%とするのが相当である」と述べている。

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