東京地裁(令和2年3月26日)“セルロース粉末事件”は、「被告は、本件発明1及び2につき、本件明細書の発明の詳細な説明には、安息角及び平均粒子径を所望の数値範囲に制御する方法について記載されていないから、当業者は、発明の実施にあたって無数のものを製造し、逐一その数値を確認するという過度の試行錯誤を強いられることになると主張する。安息角とは粉体の流動性を表す指標であり、水平な面に粉体を落下させて堆積させてできる山の稜線と水平な面のなす角度を測定する。流動性が高い粉体であれば安息角は小さい値を示し、流動性が低い粉体であれば安息角は大きい値を示す・・・・。また平均粒子径とは、粒子の大きさに関する指標であり、平均粒子径を算出する場合には、粒子をふるい分けることにより、ある大きさの粒子が占める重量割合(重量%)の分布を得た上、これに基づき平均粒子径を得るという方法が用いられる・・・・。そして、・・・・@本件明細書【0005】には『特公昭56−2047号公報には(中略)安息角が35−42 °である結晶セルロースが記載されている。』との記載があること、A【0006】には『特開平6−316535号公報には、セルロース質物質を酸加水分解又はアルカリ酸化分解して得られる・・・・実質的に355μm以上の粒子がなく平均粒径が30−120μmである結晶セルロースについての記載がある。』との記載があり、【0007】には『特開平6−316535号公報には、セルロース質物質を酸加水分解又はアルカリ酸化分解して得られる・・・・実質的に355μm以上の粒子がなく平均粒径が30−120μmである結晶セルロースについての記載がある。』との記載があること、B優先日前に頒布された公刊物である乙30公報には、『見掛け比容積が4.0〜6.0cm2/g、見掛けタッピング比容積が2.4cm2/g以上、比表面積が20m2/g未満であり、実質的に355μm以上の粒子が無く、平均粒径が30〜120μmであることを特徴とする請求項1あるいは2の高成形性賦形剤。』(請求項3)が開示されていることが認められる。これらによれば、優先日当時、既に安息角及び平均粒子径の値を一定の範囲に制御することによって特定の物性のセルロースを得る発明が複数存在した。このことによっても、当業者は、安息角及び平均粒子径の各数値を所望の範囲に制御することができたと認めるのが相当である。したがって、本件発明1及び2を実施するに当たり、当業者が過度の試行錯誤を強いられるとは認められず、被告の上記主張には理由がない」、「本件発明1及び2に係る特許について実施可能要件に違反するとは認められない」と述べている。 |