知財高裁(令和3年)“ハーネス型安全帯の着用可能な空調服事件特定の考案に係る物品を製造又は販売する事業について、即時実施の意図を有し、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され得る態様、程度において表明されているというためには、製造又は販売する物品の基本的構成、仕様等の事業の内容が定まっていることが必要であり、当該事業に用いる考案の内容が確定しているだけでは足りないというべきである」、「これを本件についてみるに、・・・・@控訴人ら代表者は、平成7年3月3日頃、背中部分に先端が開口した筒状の出口を設け、その先端部分を紐様のものなどを用いて縛る構成を有する空調服に係る着想を得て、その構成を手書きで図示した乙1図面を作成し、同月4日、そのデータをゼハロスに送信して、試作品の作成を依頼したこと、Aゼハロスは、同月1日までに、背中部分に先端が開口した筒状の出口を設け、その先端部分を紐及びコードストッパーを用いて縛ることができる構成を備えた本件試作品・・・・を作成したこと、B控訴人らは、同年4月7日、控訴人において購入したハーネス型安全帯を用いて本件試作品の試着をしたこと、Cセフト社は、平成8年5月から、被告各製品を製造及び販売し、控訴人は、同月から、セフト社から購入した被告各製品の販売を開始したことが認められる。そして、被告各製品と本件試作品とを対比すると、被告各製品は、逆玉ポケット、ファン落下防止用メッシュ及び取出筒の固定手段を備えているが、本件試作品はこれらを備えておらず、また、被告各製品の取出筒の形状は本件試作品とで異なる構成であること・・・・が認められる。しかるところ、空調服は、衣服に取り付けられたファンで、衣服内に外気を取り入れ、風を通すことにより、涼しく過ごすことを可能にする構成を有する作業服であり、空調服の製品化に当たっては、衣服内に外気を取り入れ、風を通す構成及び性能はもとより、作業服としてのそれ以外の機能やデザイン等についても考慮した上で、仕様を決定し、製品化に至ることが一般的であることに鑑みると、被告各製品と本件試着品の上記相違は、作業服としての機能に影響を及ぼす仕様上の相違であって、本件試作品が作成された時点では、被告各製品の仕様が確定しておらず、事業の内容が定まっていたものと認めることはできない。また、空調服は、春夏シーズン向けの商品であり、主に毎年1月頃から8月頃に販売され、それに向けて、一定のスケジュールに従って製造の発注、製造、入荷及び販売がされる製品であるところ・・・・、本件試作品が作成され、試着された平成7年3月及び同年4月から、控訴人らが被告各製品の販売を開始した平成8年5月までの間における被告各製品の製造の発注、製造及び入荷の経過についての具体的な主張立証はなく、この点からも、本件出願日である平成7年5月1日時点において、事業の内容が定まっていたものと認めることは困難である。以上によれば、前記@ないしCの事実から、本件出願日時点で、控訴人らにおいて、本件考案と同じ内容の考案の実施である事業の即時実施の意図を有し、かつ、その意図が客観的に認識され得る態様、程度において表明されていたと認めることはできないというべきである」、「控訴人は、特許法9条の先使用権制度の趣旨は、独自発明者による実施の促進と過度の出願を抑止することにあることに鑑みると『事業の準備』の有無は、過度に実施がためらわれることがないように、当該発明又は考案を実施できないのであれば無駄となる投資(関係特殊的投資)がされているか否かをメルクマールとして判断すべきであるから『事業の準備』についての原判決の判断手法には誤りがある旨主張する。しかしながら『事業の準備』の有無は、本件考案につき、事業の即時実施の意図を有し、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され得る態様、程度において表明されているかどうかによって判断すべきであることは、前記・・・・で説示したとおりである。また、本件考案は、実施すれば物品の構造が外観上明らかになるハーネス型安全帯の着用可能な空調服に関する構造であること、セフト社は、本件出願後の平成7年6月0日、ハーネス型安全帯を着用した状態であっても冷却効果を発揮することができる高所作業用の空調服に関する発明について、特許出願をしたこと・・・・に照らすと、本件考案については、過度の出願の抑止という趣旨は妥当しない。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない」、「また、控訴人は、@控訴人ら代表者は、平成7年3月4日に乙1図面をゼハロスに送付した後、ゼハロスのDに電話で、フルハーネス対応空調服の量産化を行う意思表示をし、同月6日、空調服の会で、フルハーネス対応空調服の量産化を行う意思表示をしたもので、少なくとも同月には、本件試作品の量産化の確定的意思が、社内のみならず、外部にも表明され、かつ、その意思に基づいて、最短のスケジュールで量産が実行されたこと、A本件試作品と現実に販売された販売品は、共に本件考案の技術的範囲に含まれるものであり、構成要件部分については、本件試作品から販売品へ全く変更がなく同一であることからすると、本件試作品の完成及び試着会の実施後の本件出願日(同年5月1日)の時点には、本件試作品は即時実施可能な状況にあり、即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度に表明されていたといえるから、控訴人は、本件考案の実施である『事業の準備』をしていたというべきである、B本件試作品と販売品との相違点(逆玉ポケット、ファン落下防止用メッシュ、取出筒の固定及び取出し筒の形状)は、いずれも、ファン付き作業服の背中に命綱取出し用の取出し筒を設けるとともに、この取出し筒を密閉可能にし、取出し筒から空気が漏れるのを防止するという本件考案の意義とは無関係であり、格別の技術的意義を有しないから、上記相違点があることは『事業の準備』を否定する理由にはならない旨主張する。しかしながら、特定の考案に係る物品を製造又は販売する事業について、即時実施の意図を有し、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され得る態様、程度において表明されているというためには、製造又は販売する物品の基本的構成、仕様等の事業の内容が定まっていることが必要であり、当該事業に用いる考案の内容が確定しているだけでは足りないというべきであるところ・・・・、本件出願日時点で、控訴人らにおいて、本件考案と同じ内容の考案の実施である事業の内容が定まっていたものと認めることができないことは、前記・・・・で説示したとおりである。また、本件試作品と現実に販売された販売品は、共に本件考案の技術的範囲に含まれ、構成要件部分については、本件試作品から販売品へ変更がなく同一であるとの点は、本件試作品の完成及び試着の実施がされた時点で考案の内容が確定していたことを述べるにすぎないから、この点から直ちに即時実施の意図を有し、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され得る態様、程度において表明されているということはできない。したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない」、「以上によれば、控訴人らは、本件出願日時点において、本件考案と同じ内容の考案の実施である『事業の準備(実用新案法6条、特許法9条)をしていたものと認めることはできないから、本件実用新案権について控訴人が先使用による通常実施権を有するとの控訴人の主張は理由がなく、また、セフト社の先使用による通常実施権を援用する旨の控訴人の主張も理由がない」と述べている。

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