東京地裁(令和3年3月30日)“止痒剤事件”は、「本件発明の目的は、各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療のために止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬を有効成分とする止痒剤を提供することにあるところ、本件明細書には、まさしくその有効成分となるオピオイドκ受容体作動薬として、本件発明に記載された本件化合物のほかに、その薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられることが、『オピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩』というように明記されているほか、同化合物に対する薬理学的に好ましい酸付加塩の具体的態様(塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等)も明示的に記載されている。そうすると、出願人たる原告は、本件明細書の記載に照らし、本件特許出願時に、その有効成分となるオピオイドκ受容体作動薬として、本件化合物を有効成分とする構成のほかに、その薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成につき容易に想到することができたものと認められ、それにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというべきである。そして、本件発明につき、出願人たる原告の主観的意図いかんにかかわらず、第三者たる当業者の立場から客観的にその内容を把握できる徴表である本件明細書においては、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩という構成は、まさしく、各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療のために止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬を有効成分とする止痒剤を提供するという本件発明の目的を達成する構成として、当該目的と関連する文脈において、特許請求の範囲に記載された本件化合物と並んで、明示的、具体的に記載されているものである。これらによれば、出願人たる原告は、本件特許出願時に、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったものであるといえ、しかも、客観的、外形的にみて、上記構成が本件発明に記載された構成(本件化合物を有効成分とする構成)を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるものというべきである。そうすると、本件発明については、本件化合物の酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする被告ら製剤が、本件特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの、被告ら製剤と本件発明に記載された構成(本件化合物を有効成分とする構成)とが均等なものといえない特段の事情が存するというべきである」、「したがって、被告ら製剤は、本件発明に記載された構成と均等なものとして、本件発明の技術的範囲に属するということはできない」と述べている。 |