知財高裁(令和4年)“鎮痛剤事件医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、その有用性を予測することは困難であり、発明の詳細な説明に、医薬の有効量、投与方法等が記載されていても、それだけでは、当業者において当該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから、当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができる程度の記載があるというためには、明細書において、当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。これを本件についてみると、本件各発明は、・・・・本件化合物を『痛みの処置における鎮痛剤』の用途に使用する医薬用途発明であるから、本件各発明について本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすといえるためには、本件明細書において、本件化合物が『痛みの処置における鎮痛剤』の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、本件出願日当時の技術常識に照らして、本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある「本件明細書の発明の詳細な説明に、本件化合物が『痛みの処置における鎮痛剤』の用途に使用できることにつき、薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され、本件出願日当時の当業者において、本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたと認めるに足りる的確な証拠はない「本件各発明は、本件化合物を『痛みの処置における鎮痛剤』として提供することを課題とするものであると認められる。そして、前記・・・・において説示したところに照らすと、本件各発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず、かつ、当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。そうすると、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たさないというべきである」、原告は、本件各発明は技術進歩の著しい分野におけるいわゆるパイオニア発明であるところ、そのような発明については、実施可能要件等の記載要件を厳格に適用するのは相当でないし、記載要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があることを理由として当該発明に係る特許を無効とするのは誤りであると主張するが、本件各発明が原告の主張するようなパイオニア発明であるか否かはともかく、実施可能要件やサポート要件は、特許法が規定する独占的権利を付与する前提として課されるものであるから、パイオニア発明についてはその厳格な適用を回避すべきであるなどと解することはできない。原告の主張は、独自の見解であり、採用することができない」と述べている。

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