■■ 解説(7項 ■■»全体表示

(1)趣旨

 職務発明による利益の分配について使用者と発明者である従業者間で解決できない場合に双方の事情を考慮して衡平に分配するためである。

(2)解釈

(2.その発明により使用者等が受けるべき利益の額

 相当の利益を受ける権利の発生時において使用者が将来的に受けると客観的に見込まれる次の利益(いわゆる独占の利益)の額である»判例1判例2判例3判例4。なお、通常実施権»本条1項)によっても受けることができる利益を控除するのは、使用者に保証された最低限の利益であるので、発明者である従業者に分配する必要はないからであり、そのような利益としては、職務発明の(非独占的な)実施による利益のほか、職務発明の実施の事業とともにする通常実施権の譲渡»4条1項)対価がある(特許権者の承諾による通常実施権の譲渡については、発明者である従業者が承諾を認めて独占の利益の額を自ら減額することは考えられないので、あり得ない
 @使用者が職務発明について特許を受ける権利を取得した場合にあっては、特許を受ける権利を取得した職務発明によって受けることができる利益(後に特許を受けるのであれば、特許を受けた職務発明によって受けることができる利益を含む)から通常実施権
によっても受けることができる利益を除いたもの
 A使用者が職務発明について特許権を承継した場合にあっては、
特許権を承継した職務発明によって受けることができる利益から通常実施権によっても受けることができる利益を除いたもの
 B使用者が職務発明について専用実施権の設定を受けた場合にあっては、専用実施権の設定を受けた職務発明によって受けることができる利益から通常実施権によっても受けることができる利益を除いたもの

 補足1相当の利益を受ける権利の発生時において使用者が将来的にいかなる独占の利益をどれだけ受けるのかを算定することは実際には困難であるので、次のように実績が生じるのを待ってから事後的に算定(すなわち、後払いであるが、後払いの定めがある場合を除き、消滅時効は相当の利益を受ける権利の発生時から進行して0年で成立することが問題である)してもよい(»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7。なお、実績が生じた期間ごとに算定(すなわち、分割払い)することもでき(»判例1判例2、また、過去の実績を参酌してその後に受けると客観的に見込まれる額を算定することもでき(»判例1判例2判例3判例4、さらに、過去の実績を上方修正して算定できる場合もある(»判例1判例2判例3
 a.使用者が
特許を受ける権利や特許権を有する単数の職務発明について他人に実施を許諾することなく出願公開後に(»判例1判例2判例3)自ら実施して商品やサービスを提供した場合にあっては、まず、職務発明の実施に係る商品やサービス(職務発明を実施した商品やサービスに限らず、職務発明の実施が売上げに寄与した商品やサービスであればよい(»判例)の売上高から通常実施権によっても得ることができる売上高を控除した超過売上高(すなわち、他人も職務発明を実施して同様の商品やサービスを提供することを排除できたことによって追加的に得られた売上高)を求める。超過売上高は、超過売上率を算定し(排除できた他人のシェアを算定する、すなわち、他人も職務発明を実施して同様の商品やサービスを提供できたと仮定した場合に想定される他人のシェアを算定する、これを職務発明の実施に係る商品やサービスの売上高に乗じることによって求められる。超過売上高(超過売上率)が零でなければ、次に、超過売上高に利益率や仮想実施料率を乗じた額が独占の利益(の全部や一部)の額となる»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7判例8判例9判例判例判例判例判例
 b.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する複数の職務発明について他人に実施を許諾することなく出願公開後に(»判例判例2)自ら実施して商品やサービスを提供した場合にあっては、基本的に上記aと同様であるが、超過売上高は、複数の職務発明の実施の相乗効果によって得られたものである(職務発明ごとの超過売上高の総和ではない)ので、一括して算定した超過売上率(すなわち、他人も複数の職務発明のすべてを実施して同様の商品やサービスを提供できたと仮定した場合に想定される他人のシェア)によって求めなければならない»判例1判例2判例3。また、職務発明ごとに独占の利益の額を算定する必要がある場合(例えば、発明者が職務発明ごとに異なる場合)は、超過売上高に利益率や仮想実施料率を乗じた後に、さらに寄与率を乗じなければならない»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7判例8
 c.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する単数の職務発明について他人(ライセンシー)に実施を許諾した場合(クロスライセンスの場合を除く)にあっては、許諾の対価の額が独占の利益(の全部や一部)の額となる»判例1判例2判例3判例4判例5判例6ただし、使用者が職務発明を自ら実施した後に他人に実施の事業を譲渡するとともに実施を許諾した場合は、通常実施権を譲渡することによっても受けることができる利益(通常実施権の譲渡の対価)が含まれることになるので、それに相当する額を控除しなければならない»判例。なお、職務発明の実施に用いる商品をライセンシーに販売した場合は、その商品は職務発明の実施に係る商品(ライセンシーによる職務発明の実施が売上げに寄与した商品)であるので、上記aと同様の独占の利益も受けたことになる»判例
 d.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する複数の職務発明について他人(ライセンシー)に実施を許諾した場合(クロスライセンスの場合を除く)にあっては、基本的に上記cと同様であるが、職務発明ごとに独占の利益の額を算定する必要がある場合(例えば、発明者が職務発明ごとに異なる場合)は、寄与率を乗じなければならない»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7
 e.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する単数や複数の職務発明について他人(ライセンシー)に実施を許諾した場合であって相互に無償のクロスライセンスやライセンシーからの実施料の支払いを伴うクロスライセンスの場合にあっては、基本的に上記cやdと同様であるが、許諾の対価は、実施料のほか(後者のクロスライセンスの場合ライセンシーから実施を許諾された発明を無償で実施できたこと、すなわち、ライセンシーへの実施料の支払いの全部を免れたことである»判例1判例2ただし、ライセンシーへの支払いを免れた実施料の額に代えて、ライセンシーから本来(クロスライセンスでなかった場合に)受けることができた実施料の額を許諾の対価の額とすることができる»判例1判例2判例3判例4なお、包括的クロスライセンスの場合の寄与率は、契約の際にライセンシーに個別に提示した発明、ライセンシーから価値を評価された発明、個別に提示していないがライセンシーに存在を認識されていた発明(例えば、ライセンシーがすでに実施していた発明)にあっては、契約への実際の寄与の大きさを考慮して算定される»判例1判例2判例3判例4が、それら以外の発明にあっては、単に総数分の1として算定されたり»判例、零となる»判例1判例2
 f.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する単数や複数の職務発明について他人(ライセンシー)に実施を許諾した場合であってライセンシーへの実施料の支払いを伴うクロスライセンスの場合にあっては、基本的に上記cやdと同様であるが、許諾の対価は、ライセンシーから実施を許諾された発明を本来(クロスライセンスでなかった場合)の実施料より低額の実施料で実施できたこと、すなわち、ライセンシーへの実施料の支払いの一部を免れたことである»判例
 g.
使用者が特許を受ける権利や特許権を有する単数や複数の職務発明について他人(実在ライセンシー)に実施を許諾するとともに出願公開後に自ら実施して商品やサービスを提供した場合にあっては、独占の利益は、実在ライセンシーへの許諾によるもの(上記c〜f)と自己の実施によるものが生じ得る。自己の実施によるものは、基本的に上記aやbと同様であるが、超過売上率は、実在ライセンシー以外の他人(仮想ライセンシー)に想定されるシェアによって算定する(例えば、使用者の現実のシェア:実在ライセンシーの現実のシェア=0:0(両者間の比率は不変とする、使用者に想定されるシェア:実在ライセンシーに想定されるシェア:仮想ライセンシーに想定されるシェア=0:0:0であれば、超過売上率は0/0=0%となり、使用者の現実のシェア:実在ライセンシーの現実のシェア=0:0(両者間の比率は不変とする、使用者に想定されるシェア:実在ライセンシーに想定されるシェア:仮想ライセンシーに想定されるシェア=0:5:5であれば、超過売上率は0/0=5%となる»判例1判例2判例3判例4
 h.
使用者が特許を受ける権利や特許権を他人に譲渡した場合にあっては、譲渡の対価の額が独占の利益(の全部や一部)の額となる。ただし、使用者が職務発明を自ら実施した後に他人に実施の事業とともに特許を受ける権利や特許権の持分の全部を譲渡した場合にあっては、通常実施権を譲渡することによっても受けることができる利益(通常実施権の譲渡の対価)が含まれることになるので、それに相当する額を控除しなければならない»判例

 補足2特許を受ける権利が特許出願の拒絶理由を有する場合や特許権が特許の無効理由を有する場合は、実際に拒絶や無効となるまでは、その事情だけでそれまでの独占の利益が否定されることはない»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7判例8判例9

 補足3使用者が特許を受ける権利や特許権を自ら消滅させた場合は、その事情だけでその後の独占の利益が否定されることはない»判例1判例2

 補足4発明者である従業者が使用者の秘匿する情報を使用者に無断で訴訟において独占の利益の額を算定するための証拠として用いた場合は、その事情だけで証拠能力が否定されることはない(»判例

(2.その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情

 独占の利益を使用者と発明者である従業者間で衡平に分配する比率(使用者の貢献度:発明者である従業者の貢献度)を算定するために考慮する事情である»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7判例8判例9判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例

 補足1使用者の事情としては、職務発明の完成までの事情に限られず、使用者が独占の利益を受けるまでの事情も含まれる»判例1判例2)が、発明者である従業者の事情としては、発明者としての事情、すなわち、職務発明の完成までの事情に限られる»判例1判例2判例3判例4)。

 補足2独占の利益の額に発明者である従業者の貢献度(=1−使用者の貢献度)を乗じた額(同一の使用者における他の従業者との共同発明の場合にあっては、さらに共同発明者間における職務発明の完成への貢献度を乗じた額)が相当の利益の額となる»判例1判例2判例3判例4判例5判例6判例7判例8判例9判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例判例